スターリンの愛したワイン

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新型コロナウィルスが猛威を振るう三連休、近所のドラッグストアに開店前から並んでようやくマスクを購入した。

つい一か月ほど前までは、どの店にも50枚入りの箱がうず高く積まれていたのに、2月下旬現在は入店を許されて初めてどの銘柄が買えるかわかる有様。もちろんサイズなんか選べない。入荷状況もまちまちで、同じ店でも「お一人様につき一箱」の日もあれば「お一人様につき一袋(7枚入)」の日もあるという。
行列についている間にスマホでチェックしたニュースサイトでは、豪華クルーズ船で職務についていた厚労省の職員が下船後の検査を受けることなく職場に戻されたという。検査を受けなければ陽性判定が出るわけもなく、陽性が確認できなかった以上は感染者はいないのだという理屈が恐ろしい。この連休のうちに霞ケ関が感染源になっていることだろう。

皆もちろんそんな大本営発表など信じていないし、マスク自体に大した予防効果がないのも知っていながら、わずかな配給に期待して朝からドラッグストア前の行列につく。
三連休初日の午前中にもかかわらず、内回りの山手線車内は余裕で座れるくらいガラガラだ。ここは本当に2020年の東京なのだろうか。自分は何かの間違いで50年くらい前の社会主義国にワープしちゃったんじゃないだろうか、と青く澄みわたった2月の空を見上げた。

 

いやな気分のときは美味しいものを食べるに限る。それもその料理にふさわしい季節のうちに。というわけで、吉祥寺のロシア料理店に行ってきた。

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(店内写真は「吉祥寺LUNCH STYLE」よりお借りしました)


吉祥寺の「カフェロシア」は小さな店ながら予約しないと入れない人気店だというので、数日前に気合を入れて予約した。

現地はお一人様男子向けメシ屋と金券ショップが同居する雑居ビル地下という場末感あふるるロケーション。時間ぴったりに入店したら、これから前のお客が出るところだから2~3分待ってくれと言われる。目いっぱい予約を入れて何回転もさせているらしい。内装は紫がかったフューシャピンクの壁と照明で、キッチュな少女趣味だと思ったら、ビーツの色なのだとか。空いたばかりの椅子が冷える間もなくひっきりなしに人が出入りする様子に期待が高まる。


このお店はワイン発祥の地といわれるジョージア(旧グルジア)ワインの品揃えがいいので、飲み物はもちろんグルジアワイン。

これが本当に……ハマる美酒!

「ザラタヤ ヴァルカ」で乾杯して最初の一口に思わず「おいしいぃっ!」と感嘆の声が漏れる。ぶどうの味が濃厚な野趣を感じさせる味わいで、果実のアロマが惜しみなく鼻腔に注がれる。

白のスパークリングワインですら濃厚で、乾燥地帯で根を張って生きる葡萄の力強さを感じるのだ。年末に訪れた勝沼のワイナリーで、葡萄の生育には本来は乾燥低温の気候が向いているので、雨の多い勝沼ではピノノワールのような種は栽培できないと聞いたことを思い出した。旧グルジア出身のスターリンもきっとご当地のワインに目を細めていたんじゃないかしらん。


この日飲んだ銘柄は以下の3種。
・ザラタヤ ヴァルカ(スパークリングワイン)
・ツィナンダリ(白・ミディアム)
・ムクザニ(赤・ミディアム)

 

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お料理もグルジア料理でと選んだのが「お試しセット グルジア(3,200円)」。

1.前菜5種(手前から時計回りに)
・毛皮のコートを着たニシン(ニシンとビーツとポテトのミルフィーユサラダ)
・キャベツのマリネ(ビーツと一緒に漬け込んだキャベツのマリネ)
・アジャプサンダリ(スパイシーなラタトクイユ)
・バストゥルマ(スパイシーな干し肉)
・バドゥルジャーニ(スパイシーな胡桃ペーストを塗った焼き茄子料理)

 

ビーツをふんだんに使ったグルジアの前菜。いずれも酸味と辛味をきかせた味つけ。
「毛皮のコートを着たニシン」はゴージャスなネーミングながら意外とあっさり食べやすいサラダ。「バドゥルジャーニ」はトルコ料理の「イマム・バユルドゥ」によく似た焼き茄子料理。あとで地図を見たら、ジョージアもトルコも黒海沿岸で地続きなのだ。

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2.ハルチョー(激辛牛肉スープ)
2-1. ハチャプリ(ナンのようなチーズピザ)

二人とも「グルジアセット」をオーダーすると、うち一人分はハチャプリをハルチョーに替えられるというので、シェアしてみた。ハチャプリはインドネパール料理のチーズナンによく似た、濃厚なチーズパン。ハルチョーは辛い!そして牛脂がすごい!お米も入っているから体がぽかぽかしてくる。


この時点で私はだいぶお腹いっぱいになってきた、でも、この後メインディッシュのタバカが控えているのだ。恐ロシアの胃袋。ハチャプリ一切れを夫に食べてもらう。

 

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3.タバカ(ハーブを三か月間発酵させて作った特製ソースでマリネしたローストチキン)

 

団体グループが居合わせていたこともあり、ハルチョーの次にタバカが出てくるまで30分近くかかっただろうか。でもむしろ胃袋を休ませてよかった!なんといっても、米原万里のエッセイで涎を呑みこみながら、いつか食べようと思い続けたタバカなのだ。お待ちかねのタバカはオーブンで焼きたての皮がシンプルな味つけながらパリパリ香ばしくて、意外にほぼ完食できた。

 

4.グルジア珈琲
デミタスカップに熱々の炭火珈琲、お砂糖がたっぷり入っていてかなり甘い。ジョージアでは少しだけ飲み残したカップをソーサーの上にひっくり返して、染み出たカタチで占いをするというのでやってみた。私は仕事のチャンス、夫は大金が転がり込む運勢らしい?!

 

メニューを読むと、基本的には料理名は「グルジア料理」、地の文には「ジョージア(旧グルジア)」と記載するというルールをとっているようだ。が、地の文に「グルジア」表記の箇所が散見されるなど、記載が混在しているので、もしかしてジョージア人ではなくロシア人が入っているお店なのかな、などと夫と話した。
米原万里の著作で「グルジア」と表記されているジョージアは、2008年に勃発した南オセチア紛争でロシアとの敵対関係が強くなった頃から「ジョージア」と称するようになり、2014年に日本政府に対して「ジョージア」へ外名変更するよう首脳会談で要請しているのですね。米原万里の単行本の多くは2000年前後に刊行され、米原自身は2006年に逝去しているから、もし彼女が存命だったら改版のタイミングで改訂していたかもね。

 

そんな「カフェ『ロシア』」の『グルジア料理』、お隣のテーブルの20代男子でさえメインディッシュを休み休み食べていたくらいのボリュームでこのお値段&クオリティ。
次に行くときはアラカルトで一皿減らして、コースにない他の料理を試してみたいねと話す40代夫婦でした。嗚呼、次はどの銘柄飲もうかなあ♪