第十回 修能会(感想)

梅雨の晴れ間って結構蒸し暑い。今日も松涛の坂道が長かったことでした。。。

さて、今日は小早川さんの会。
今回は観世の名子方・康充くんの子方卒業公演(モー娘。みたいだ ^_^;)ということもあって、
事前講座を聴きに行ったりと結構気合入りまくりの私でした。
もちろん、お目当ては「大原御幸」ですが。

「大原御幸」
仙幸&忠雄&正博のお囃子トリオがしっとりした響きで、出だしからうれしい一番。
正博さんの小鼓、外側はまあるく柔らかいけど中はしっかり芯のある音がヨイ。
打つたびに音がきれいな粒になって転がっていくようだ。

大きな作り物の引き回しを取ると、尼姿の建礼門院・大納言局・阿波ノ内侍が現れる。
三人も作り物に入ったまま橋掛かりを歩いてくるのって大変じゃないかしらん。
「いち、に、さん、いち、に、さん(以下リピート)」って声掛け合ってたりして。。。
中央の小早川さん(女院)だけ、墨染衣を着ず純白の摺箔姿。面は若女。
白い花帽子・白い面・白い衣・・・女院はまだ若く美しいのだけど、経帷子を連想させるいでたちのせいか、限りなく死に近づいているようにも見える。
後場ではちゃんと墨染衣を着て出られました!白尽くめはルームウェア??)
「山里はものの淋しさことにこそあれ、世の憂きよりはなかなかに」の謡い出しも、しっとりと憂いをおびた、それでいて芯の通った謡。私の好きな謡。

気晴らしも兼ねて、仏様にお供えする樒を摘みに行きましょう、と女院と大納言局が裏山に出かけている間に、後白河法皇一行がガヤガヤと大原にやってきます。女院へのお見舞いという名目で来たものの、どこか物見遊山的な雰囲気。閑さん(萬里小路中納言)が夏草が生い茂り、扉には朝顔や蔦の絡んだ寂光院の様子を謡で描写するのは、まさにこの方の独壇場。
武田宗和氏は正直いって法皇にはちょっと貫禄不足な気がしたものの、しゃがれた声が後白河法皇のアクの強さに合っていたかも。
法皇の姿を目にした女院は「なぜ、こんな所にまで・・・」と、静かな生活に土足で踏み込まれたように戸惑っている様子。「ありがたうこそ候へ」と言ってるものの、私このヒト苦手なのよね~という感じがありありと出ていて、わりと人間らしい女院なのです。
女院のヤな予感は的中し、挨拶もそこそこに「あなたは生きながら六道の地獄を体験したんだって?」と切り出す法皇(いるよね~こういう人)。
ここからが本曲の聴き所で、シテによる長い語り(謡)で平家一門の最期が描かれる。
海上をさまよう中、満々とたたえた海水が目の前にありながら飲むことも出来ず、嵐や合戦に脅かされ泣き叫び、常に死の恐怖にさらされ続けてきた日々。心を病んで入水する人たちが出たのも当然でしょう・・・。そして女院には最も耐え難い、安徳天皇の最期。小早川さんの流れるような謡は朗読を聴いているかのようで、目の前に情景が浮かんできそうです。
全体を通して、密度の高さは去年の「井筒」の方が高かった気がしますが、「大原御幸」で小早川さんは生身の人間としての女院を表現したいのかな、という印象を受けました。法皇に対する複雑な感情や、いくら仏道に励んでも癒されることのない傷の深さ、悲しみが生々しく伝わってくるような。そして、この方はやはり「ことば」に対してこだわりがあるのではないかしらん。今月は逍遥訳「ハムレット」を声と笛で表現する舞台を控えているのだとか。秋の「朝長」も楽しみです。


「烏帽子折」
平家の追及を逃れて鞍馬山を脱出した牛若丸が、追っ手をくらますため元服して左折の烏帽子(源氏の印)を着け、逗留先の宿を急襲した盗賊一党を退治するオハナシ。
主役はシテ(烏帽子屋&熊坂の一人二役)なんだけど、ぱっと見 主役は牛若丸。
元服する場面あり、派手な斬り合いありで、まさに「子方卒業公演」ですね。。。
この康充くん、いつ見ても稽古を相当しっかり積んでいるし、胆は据わっているし、私が今まで観た子方の中ではピカ一なのです。今日の烏帽子折も期待にたがわず、長い謡や立合いも完璧で大活躍♪(康充くんは謡を一日で覚えちゃったそうです!)
シテの真州さんは前半では牛若丸の元服を助ける烏帽子屋の主人、後場は大盗賊・熊坂長範という相反する一人二役前場での品格と包容力、牛若丸との間の信頼関係が築かれていく様子は感動的です。後半の大盗賊「六十三の熊坂」もなかなか風格があって、牛若丸をしっかり支えておられました。

後場で赤坂の宿を急襲する立衆(盗賊の若者)は、なんと9人。熊坂を先頭に橋掛かりにズラッと並んだ姿は「忠信」そのまんま。一番最初はお兄ちゃんの泰輝くんで、派手に仏倒れ(直立したまま後ろ向きに倒れる型)で斬られます。「烏帽子折」は「忠信」以上に仏倒れを大盤振る舞いしていて、すくなくとも4人は仏倒れてたはず。あと一人、仏倒れの前向きバージョンの人もいたけど、よく顔面強打・鼻血ブーにならなかったなあ。。。立衆の年齢が上がるにつれて慎重になるというか(笑)、一瞬間をおいて「せっ、せーの!」と背中を反らして倒れてたみたいですね~(^_^;)
もとはもっとシンプルな立合いだったのが、子方の卒業公演的な色合いが強くなり、スター的な子方の舞台かなにかを機に今の派手な形になったのかなあ?
康充くん目当ての方々が大勢いらしてたのか、地謡が最後まで謡い終わらないうちに拍手が鳴って、「卒業おめでとー!」という雰囲気でした(笑)
(注・康充くんは今後もしばらくは舞台に立つようです。今回見逃した方は急げ!)