「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより(原美術館)

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 東京に初雪の降った翌日、ソフィ・カル「限局性激痛」の再現展に行ってきました。1999年に原美術館で開催された個展「限局性激痛」をフルスケールで再現したものです。
 早くも2019年のmy best exhibitionになりそうな予感とともに、かなり「刺さる」というか疲労感を覚えた展示でした。

 「限局性激痛」とは、医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味します。この作品は、カル自身の失恋による痛みとその治癒までのプロセスを写真と文章で表現したもの。
 展示は2部構成になっており、第1部「痛みの前」は、人生最悪の日までの出来事を、写真と恋人への手紙でつづったもの。第2部「痛みの後」は、ソフィがその失恋体験を他人に語り、代わりに相手の最もつらい体験を聴くことで、自分自身の心の痛みを徐々に癒していく過程を展示しています。

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※「限局性激痛」図録は完売、再刊未定とのことです。

 実は2013年のソフィ カル「最初のとき/最後のとき」展の際に「限局性激痛」の図録を買っていたので、作品の内容は知っていました。
 けれども、実際に作品を前にして、「内容を知っている」ということと「作品と対峙する」という体験がまったく異質なものであるということを、体感させられた展示でした。文章に依る部分が多い作品だけに、知覚のギャップが大きかったというか…。

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 第1部は日本に向けて出発した日から人生最悪の日までのカウントダウンを、写真や恋人からの手紙に捺された真っ赤なスタンプで、「54DAYS TO UNHAPPINESS」といった具合に表現。
 カウントダウンが進むにつれて、ソフィの激しい気性やアブナイ行動(絶対持ち出しちゃいけない某ホテルの鍵まで作品として展示)が明らかになってきて…。カウントダウンの結末を知っている鑑賞側は、人生最大の不幸が待ち構えているとは知らないソフィの虚実入り混じった日本滞在記を、unhappiness dayが近づくにつれ、墜ちることがわかっている空中ブランコを見守っているような気分になってきます。

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※画像は「美術手帖」のサイトからお借りしました

 本展の見どころは、なんといっても第2部「痛みの後」。
第1部でもかなりの量のテキストを読まされるのだけど、第2部のそれは質量ともにボリュームが大きく、長文を読むのに慣れている私でも疲労を覚えたほどです。

 第2部は人生最悪の日から、「五日前、愛している男に捨てられた」という書き出しで始まるソフィの語る不幸話と、聞き手の最もつらい体験が、再現写真と文章で構成されているのだけど、その文章がなんと刺繍でつづられているのです!
 耐え難い痛みを思い出し、他人に語ることで再体験する「痛み」を、刺繍で表現するのが只者じゃありません。一語ごとに一針一針が心と体を貫き、語り手の血に染まった糸が、耐え難い痛みの物語を綴っていく…。
(※当初はフランスでの手刺繍を予定していたもののテキストが膨大なため、新潟の工場で機械刺繍されたとか。フランス、英語圏での展示分も新潟の工場で請け負ったそうです)

 ソフィの不幸話は最初は黒地に白糸の刺繍、相手のつらい体験は白地に黒糸で刺繍されています。人生最悪の日から日がたつにつれて、ソフィの語りが短く客観的になるとともに、布地の黒が徐々に薄くなり、文字の色も布地に近いグレーになって、地と語りの色のコントラストがだんだん薄くなってきます。不幸な体験を他人に繰り返し語っているうちに、治癒(感情が整理され、つらい状況を受け入れることができるようになってくる)ということなのでしょうか。
 一方で、不幸話の聞き手の最もつらい体験は、鑑賞者の状況によってはかなり「刺さる」であろう内容もあり、一般的には失恋以上につらいと思われる体験もあるのですが、ギリギリのところで「自分よりもっと不幸な人の話を聞いて慰められる」という次元に堕ちていない展示だと感じました。それは、聞き手となった人たちのさまざまな「痛み」が、それぞれ違った肌合いを持つものだということが感じられるからでしょう。
 思い出す、あるいは語るという行為によって、つらい体験を繰り返し再体験することで、いつか流れる血も止まり、傷は痕になって残るということなのでしょうか…。

 ソフイ・カルの核となった作品であるとともに、原美術館コレクションを代表する作品だけのことはあるなあと圧倒されましたが、正直、仕事帰りに観に行くのはキツイかも。できれば睡眠をたっぷりとった休日の鑑賞がいいかと…。
 どうでもいいことだけど、第1部で「ソフィの入ったお風呂の残り湯になら浸かれる」という変態発言を(実名で)晒された「ル・モンド」の記者は、作品を見てどう思ったんでしょうね~。

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 ちなみに、原美術館も2020年末の閉館に向けてカウントダウンが始まりました。モダニズム建築の瀟洒な洋館と現代アートのマリアージュを愉しめるのもあと少し。連休中でカフェは激混みでしたが、閉館前にガーデンテラスも楽しみたいなあ。