君なくてあしかりけり(宝生夜能組)

宝生夜能組(8月29日)

能「咸陽宮」 シテ:前田 晴啓
狂言「梟」  シテ:善竹 十郎
能「芦刈」  シテ:辰巳 満次郎
(詳細)http://www.hosho.or.jp/nou/2007_08/yanou.html

定時(5時)と同時に職場を抜けて、駆け込んだ甲斐がありました♪

一曲目の「咸陽宮」の出だし、囃子方の怒涛のような迫力に圧倒されました。
小鼓は鵜沢洋太郎さん、大鼓は原岡一之さん。
お二人の掛け声、雄叫びのような男性的な、というかマッチョな迫力で、
金沢の囃子方とタイプが全然違うので、最初はちょっとビビリました(汗)
この勢いで声を張ったら、相当な体力使うんだろうなぁ。
が、「始皇帝暗殺」というドラマティックなシーンへと続くこのイントロ、
次第に気分が高揚してくるような緊迫感、ぴたりと息のあったアンサンブル、
一度聴いたら忘れられそうにないコンビでした。

この日の圧巻は、なんといっても「芦刈」のシテ・辰巳満次郎さん!
悲しみをたたえた端正なたたずまい、所作の美しさになんともいえない品があって、
もう目も魂も引き込まれたという感じです。

貧しさ故に、愛し合っていながらも妻と離別した夫(シテ)。
芦を刈る下人に身を落とし、その日暮らしを送るある日、
都で貴人の乳母として出世した妻が会いにやってくる。
かつての妻と再会し、わが身を恥じて逃げた夫の詠む和歌が胸を打ちます。

君なくてあしかりけりと思ふには いとど難波の浦ぞ住みうき
(訳:あなたがいなくてはやはり駄目だったと思うにつけても、難波の浦は
   いっそう住みづらい         ※「芦刈」と「悪しかり」を掛けている)

シテが自らの境遇を端的に物語るこの歌を謡ったあと、妻(ツレ)との動きが
シンクロすることで、二人の心が通い合ったことが示されるのですが、
このヤマ場には思わず鼻がツーンとなりました。
その後、烏帽子・直垂に着替えての男舞。
とてもモダンな装束もさらりと着こなした舞姿・・・うーん、美しすぎます!

上演時間のほとんどがシテの謡と舞なので、シテに相当力量がないと舞台の雰囲気が
ダレてしまうのではないかと思うのですが、辰巳さんが橋掛かりを去っていくまで
しばらく拍手も鳴らなかったくらい、吸引力のあるすばらしい舞台でした。
辰巳さんの舞台、他の曲もぜひ観たい。

なんだかすぐに現実の世界に引き戻されるのがイヤで、帰りは水道橋駅をスルーして、
神保町交差点まで白山通りをトウゼンと歩いてしまいました。