ちょっと怖い話Ⅱ-「面からたどる能楽百一番」-

先日Yと盛り上がった怖い話の続き。寒い晩こそ怖い話!

5年前、金沢でお能デビューした直後、
お能関係の本を何冊か続けて買った時期がありました。
その一冊が「若き女職人たち」(集英社新書
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この中に、面打ち師の二代目堀安右衛門さんという女性が出てくるのですが、
古い面を修理しているときなどに、夢に武士が出てきて「早く修理しろ」と
督促されることがあるとか!
睡眠不足になって却って遅れるんじゃないかという気もしますが・・・(笑)
面を打つ時は作業場の四隅に盛り塩をして、白足袋を履くんだそうです。

非科学的なものは信じ(たく)ない私ですが、
国立能楽堂の装束展で、擦れた装束を見たときの「なんともいえない感じ」を
思い出すと、そういうこともあるかもしれないなぁ、とは思います。
人の肌に接していたもの、しかも人面をかたどったものなら・・・。
面打ち師の場合は、先人への畏敬の念もあるのかもしれないですね。

その堀さんのお父様・初代堀安右衛門の面を中心に
能面・狂言面をとりあげた本を区立図書館で見つけ、高かったのですが
どうしても欲しくなったので買ってしまいました。

「面からたどる能楽百一番」(淡交社
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これは本当によくできた本。
面の微妙な表情がつかみやすい角度から撮った写真が多いので、
違いがわかりにくい女面も、それぞれ個性がわかりやすくなっています。
他のガイド本だと真正面から撮った写真が多くて、のっぺりして見えるんですよね。
女面の中では、小面より増に力を入れて編集している印象を受けました。
特に「節木増 松風」「孫次郎 オモカゲ」は息を呑むような成熟した美しさ。
「孫次郎」制作のエピソード自体が、そのままお能にできそうな「物語」ですね。
これを見た後では、小面がギャルギャルしく見えてきちゃいます(笑)

ただ、増まではともかく、深井、曲見、霊女、老女小町・・・と進んでくると、
女性の加齢のプロセスや内面性を残酷なまでにとらえた、
面打ち師の冷徹なまなざしを感じて、背筋がひんやりしてきます。
孫次郎の「物語」は美しいけれど、優れた面打ち師の本当の姿は冷徹なリアリスト。
美しい女性の老いや、負の感情を通して人生のはかなさ、人間の弱さ悲しさを鋭く
抉り出しているかのように思えます。
お能の演出は、リアリズムより題材の「本質」を伝えることを優先しているように
感じられますが、面がある意味でリアリズム追求になっているのが興味深いです。

初代堀安右衛門の面は写しとはいえ、いったいどんな思いで
先人のオリジナルに対峙しているのだろうか、と考えさせられます。
塩を盛り、白足袋を履くのは魔除けだけじゃないんだろうな、きっと。

堀氏の製作過程や型紙を扱った本が図書館にあるので、予約してきました。
展示の企画があったら、ぜひ観てみたいと思います。