第9回 修能会(観世能楽堂)
☆第9回 修能会
能「賀茂」
シテ:小早川泰輝
天女:小早川康充
ワキ:武田崇史
ワキツレ:村瀬純、村瀬提、村瀬慧、山本則孝
地謡:武田文志 武田友志 大松洋一 下平克宏
松本千俊 小川明宏 武田志房 小川博久
笛 :一噌幸弘
小鼓:観世新九郎
大鼓:柿原弘和
太鼓:助川治
能「賀茂」
シテ:小早川泰輝
天女:小早川康充
ワキ:武田崇史
ワキツレ:村瀬純、村瀬提、村瀬慧、山本則孝
地謡:武田文志 武田友志 大松洋一 下平克宏
松本千俊 小川明宏 武田志房 小川博久
笛 :一噌幸弘
小鼓:観世新九郎
大鼓:柿原弘和
太鼓:助川治
とうとう観世流デビューしてきました(私が演じるんじゃないケド)。
といっても、能を観始めたのが去年の8月だから、今ごろ?!って気もする・・・。
小早川修さんについては、全く何の前情報もなかったのですが
メールでチケット申し込んだら「詞章のコピーつけましょうか?」
と即レスがあり、ちょっとしたことなんだけど感激。楽しみにしてました。
といっても、能を観始めたのが去年の8月だから、今ごろ?!って気もする・・・。
小早川修さんについては、全く何の前情報もなかったのですが
メールでチケット申し込んだら「詞章のコピーつけましょうか?」
と即レスがあり、ちょっとしたことなんだけど感激。楽しみにしてました。
「賀茂」
シテと天女は息子さんたちです。高校3年生と小学校5年生だって!かわいい~^^
康充くんは、まだ声変わり前で直面の天女ですが、
あんなちっちゃいのに堂々とした(かわいい)天女様でした。
シテの泰輝くんは、声や体がまだ定まっていない印象も受けたけれど
後場の雷神はキレもよく、あと何年か頑張れば変身するんじゃないかな。
何年か後の成長した姿も おねーさんに見せてね♪
シテと天女は息子さんたちです。高校3年生と小学校5年生だって!かわいい~^^
康充くんは、まだ声変わり前で直面の天女ですが、
あんなちっちゃいのに堂々とした(かわいい)天女様でした。
シテの泰輝くんは、声や体がまだ定まっていない印象も受けたけれど
後場の雷神はキレもよく、あと何年か頑張れば変身するんじゃないかな。
何年か後の成長した姿も おねーさんに見せてね♪
「秀句傘」
秀句(駄洒落)なるものが、何かもわからないまま、
だじゃれの名人を召抱えてまいれ、という気の短い大名のお話。
太郎冠者が連れてきた男の駄洒落がわからず、コンプレックスから
男の挨拶言葉を駄洒落だとウケたふりをして、どんどん褒美を与えてしまう。
小袖まで身ぐるみ与えてしまって、男が去ったあと一人残された東次郎が
「それにしても、秀句とは寒いものよのう」というひと言に、
「自分だけが理解できない」むなしさ、ぽっかりした空気感が出ていました。
東次郎の演技はとっても様式的な感じがするけれど、
台詞の抑揚ひとつ、所作ひとつで舞台の空気に色をつける名人ですな(←何様)。
秀句(駄洒落)なるものが、何かもわからないまま、
だじゃれの名人を召抱えてまいれ、という気の短い大名のお話。
太郎冠者が連れてきた男の駄洒落がわからず、コンプレックスから
男の挨拶言葉を駄洒落だとウケたふりをして、どんどん褒美を与えてしまう。
小袖まで身ぐるみ与えてしまって、男が去ったあと一人残された東次郎が
「それにしても、秀句とは寒いものよのう」というひと言に、
「自分だけが理解できない」むなしさ、ぽっかりした空気感が出ていました。
東次郎の演技はとっても様式的な感じがするけれど、
台詞の抑揚ひとつ、所作ひとつで舞台の空気に色をつける名人ですな(←何様)。
「仕舞 船弁慶」
銕之丞もよかったけど、地謡sがかっこよかったです。
観世流の謡はとても音楽的だと思ったけれど、それがよく表れていた曲。
「そのとき義経少しも騒がず」あたりから、拍をきかせた謡い方になってきて
たん、たん、たん、たん、たーーーん、たたた、ってリズムの繰り返しが
情景描写を生き生きとさせている。謡い手も顔が紅潮してたしね。
ジャンル違うけど、シューベルトの「魔王」とリズムの使い方が似てるなー、と思いました。
銕之丞もよかったけど、地謡sがかっこよかったです。
観世流の謡はとても音楽的だと思ったけれど、それがよく表れていた曲。
「そのとき義経少しも騒がず」あたりから、拍をきかせた謡い方になってきて
たん、たん、たん、たん、たーーーん、たたた、ってリズムの繰り返しが
情景描写を生き生きとさせている。謡い手も顔が紅潮してたしね。
ジャンル違うけど、シューベルトの「魔王」とリズムの使い方が似てるなー、と思いました。
「井筒 物着」
本日の眼目はこれ!
お囃子も宝生閑さんもダントツ、そしてシテが優美で謡が美しかった~!
曲の長さなんかちっとも感じさせず、心が洗われるような美しい舞台でした。
仙幸、正博、崇志のベストオブお囃子トリオは、過剰なものをどんどん削ぎ落として
研ぎ澄ませてできた音の饗宴、といった感じで、耳が美味しがってました♪
初夏なのに初秋の風の爽やかさ、青白い月の光を感じさせる笛の音。
やわらかいのに、凛とした芯の強さを感じさせる小鼓。
大鼓って、あんなさわやかに澄んだ音も出せるんだなあ。
幸流の小鼓は、大倉流と比べて音が直線的というか、ぱーんと張っているような感じ。
そして、あのきりっと短めの掛け声。曽和正博さんの凛とした音に聴き惚れてました♪
本日の眼目はこれ!
お囃子も宝生閑さんもダントツ、そしてシテが優美で謡が美しかった~!
曲の長さなんかちっとも感じさせず、心が洗われるような美しい舞台でした。
仙幸、正博、崇志のベストオブお囃子トリオは、過剰なものをどんどん削ぎ落として
研ぎ澄ませてできた音の饗宴、といった感じで、耳が美味しがってました♪
初夏なのに初秋の風の爽やかさ、青白い月の光を感じさせる笛の音。
やわらかいのに、凛とした芯の強さを感じさせる小鼓。
大鼓って、あんなさわやかに澄んだ音も出せるんだなあ。
幸流の小鼓は、大倉流と比べて音が直線的というか、ぱーんと張っているような感じ。
そして、あのきりっと短めの掛け声。曽和正博さんの凛とした音に聴き惚れてました♪
シテは華奢で優美な感じの方で、曲の雰囲気にぴったりでした。
なにより謡がすばらしくて、詞のひとつひとつが心に直接響いてくるんですね。
「物着」というのは、中入りをせず舞台上で長絹に着替える演出ですが
里女が鏡板からこちらに向き直ると業平になっている、という見せ方は
幻想的な雰囲気がよく表れていて、間狂言にしゃべらせるより絶対いいと思いました。
(惜しむらくは縫箔が深紅で、葡萄色の長絹にはちょっとうるさい気がしたのですが)
初夏なのに「井筒」?と思ったのですが、意外と違和感なかったですね。
ススキの作り物も穂の出ない青いものだったせいか(もしかしたら生花かも)、
清々しい雰囲気がありました。
なにより謡がすばらしくて、詞のひとつひとつが心に直接響いてくるんですね。
「物着」というのは、中入りをせず舞台上で長絹に着替える演出ですが
里女が鏡板からこちらに向き直ると業平になっている、という見せ方は
幻想的な雰囲気がよく表れていて、間狂言にしゃべらせるより絶対いいと思いました。
(惜しむらくは縫箔が深紅で、葡萄色の長絹にはちょっとうるさい気がしたのですが)
初夏なのに「井筒」?と思ったのですが、意外と違和感なかったですね。
ススキの作り物も穂の出ない青いものだったせいか(もしかしたら生花かも)、
清々しい雰囲気がありました。
そして印象的だったのは、終盤のシテと地謡の掛け合い。
シテ :筒井筒、
地謡 :筒井筒、井筒にかけし、(筒井筒、井筒と背比べした、)
シテ :まろがたけ、(私の背丈、)
地謡 :生いにけらしな(さぞ高くなったことだろう)
シテ :老いにけるぞや(いやすっかり老いてしまったことだ)
地謡 :筒井筒、井筒にかけし、(筒井筒、井筒と背比べした、)
シテ :まろがたけ、(私の背丈、)
地謡 :生いにけらしな(さぞ高くなったことだろう)
シテ :老いにけるぞや(いやすっかり老いてしまったことだ)
あの人と背比べした昔には、待っても待っても、もう戻れない。
月も井筒も昔そのままの姿なのに、私ひとり、すっかり老いてしまった。
月も井筒も昔そのままの姿なのに、私ひとり、すっかり老いてしまった。
この、しんしんと心にしみてくるような孤独、
つくづくすごい曲だと思いました。
つくづくすごい曲だと思いました。