NHK交響楽団定期公演(1月Cプロ)

ウェーベルン    パッサカリア作品1
マーラー       交響曲第10番から「アダージョ
R・シュトラウス   交響詩ツァラトゥストラはこう語った
 指揮:デーヴィッド・ジンマン

気がついたら、人気度のところに星がひとつついてました。
ゲストのみなさま、お読みくださってありがとうございます♪
人気度なんて考えたこともなかったけど、つけばうれしいものですね。
まあ、ミョーな欲を出さずマイペースで書いていこうと思います。

さて、今日の関東地方は ここ一週間の冷え込みがうそのような小春日和でした。
今年のN響初めは、後期ロマン派~新ウィーン楽派(19世紀後半~20世紀前半)のプログラム。

先月スラットキンの指揮で聴いたばかりのN響
今日は弦の響きがしっとりというか、オルガンのように溶け合って聴こえた。
今回のプログラムは「ツァラトゥストラ」冒頭のファンファーレは別として
弦楽器セクションの比重がかなり高めだったと思うのだけど
ジンマンが弦にかなり注文をつけていたのかな?と思ったほどだった。
ツァラトゥストラ」で、第1ヴァイオリンの最後尾奏者の足元に予備の楽器が
スタンドに立ててあったのだけど、よほど弦に負担がかかる曲なんだろうか?
私は新ウィーン楽派の無調音楽や十二音技法、なんとなく苦手だけど
今日のパッサカリアくらい短い曲で、演奏がすばらしければ、ナントカついていける・・・かも?

いちばん聴かせたのはマーラーで、特に冒頭のヴィオラがよかった。
N響の弦セクションの音は、私にはモノトーンのイメージが強かったのだけど
マーラーではモノトーンのまま濃密になったような印象を受けた。
あくまで透明で退廃美なマーラーワールドなんだけど、全体的に不安な気分がただよっていて
後半の全身から絞り出すような悲痛なトゥッティには絶唱、という言葉が浮かんだ。
解説によると、この交響曲が書かれたのはマーラーの死の一年前。当時アルマとの夫婦仲は
危機的状況で、年若く才色兼備のアルマは年下の建築家グロピウスと激しい恋に落ち、
二人の関係を知ったマーラーは情緒不安定になって、フロイトの診察を受けたのだそう。
フロイト精神分析なんか受けたら、かえって悪化するんじゃないかと思うけど・・・)
そんなエピソードをあらかじめ読んでいたせいかもしれないけど、演奏がすばらしかっただけに
アルマがグロピウスに走った気持ちがわかるような気がしてしまった・・・。
こんなネチネチしつっこくて情緒不安なヒトが家にいたら、たまらないだろうなあ~。
この曲をマーラーの死後しばらく発表したくなかった、っていうのも無理ないかも。
そういう意味で、ヒジョーに説得力のある演奏でした!

ツァラトゥストラ」は、ニーチェの著作に想を得て書かれた交響詩
キューブリックの「2001年宇宙の旅」で、冒頭のファンファーレが使われたために、
この旋律を知らない人はまずいなんじゃないかというくらい有名な曲だけど、
それだけにファンファーレの後って、あまり聴かれていないのかも・・・。
私も、何年か前の「N響アワー」で全曲放送していたはずなのに
最後までちゃんと聴いたのは今回が初めて、といういい加減さっぷり。
で、全曲鑑賞の感想は・・・んーー、「倫理の授業=瞑想の時間」だった私には難しかったデス。
同じ「自然と人間の対立」なら、アルプス交響曲の方がずっとわかりやすかったなー。
途中でへたに理解しようとするのは断念して、楽曲の流れをただ聴くことにしました。
そして、ここでも「今日の弦はよかった・・・」と繰り返すことに・・・。
この指揮者との組み合せなら、Aプロのシューベルト「ザ・グレイト」も聴きたかったな。

演奏とは関係ないけど、「ツァラトゥストラはこう語った」ってヘタな直訳っぽくないかなあ?
岩波文庫の「ツァラトゥストラかく語りき」の方が、てつがくしょ!って感じでいいと思うんだけど。