銕仙会 一月定期公演

「翁」
翁   観世銕之丞
千歳    北浪 貴裕
三番叟  三宅 右矩
面箱持  前田 晃一       
笛     竹市 学
小鼓   幸 清次郎
    船戸 昭弘  
    野中 正和
大鼓    柿原 崇志
地頭    浅見 真州
後見    山本 順之  清水 寛二

「末広かり」
シテ  三宅 右近
アド  三宅 近成
小アド 河路 雅義

采女/美奈保之伝」
シテ   野村 四郎
ワキ   森  常好
ワキツレ 舘田 善博  森 常太郎
アイ   高澤 祐介       
笛    一噌 仙幸
小鼓   大倉源次郎
大鼓   安福 建雄
地頭  浅井 文義
後見   浅見 真州  北浪 昭雄


今年は銕仙会の「翁」で観能初めです!
「翁」も、銕仙会の定期公演も、すべてが初めてづくしの一日でした♪
いつもは宝生会で見慣れた水道橋も、会が違うと雰囲気変わるんだね。
ロビーには、「寶生」の酒樽に縁起物尽くしの鏡餅が飾られ、
能舞台の鴨居(?)にもお正月飾りが施されて、新年の気分でいっぱいでした。
私も今日はワンピースにパールのチョーカーでドレスアップ♪


「翁」

今回は運よく前正面、それも予想より前の席が取れたので、ちょっとコーフン気味です。
(注・「翁」では、シテは前正面の方しか向かない)
揚幕の隙間から、誰か(後見?)が腕だけ出して火打石を打ち鳴らし、
常の登場よりずっとゆっくり、面箱持ちが面の入った箱を掲げて厳かに入場。
続いて千歳、翁、三番叟、囃子方の順に登場するのですが、面箱持が最初に入ることで
翁面がご神体で、翁を演じるシテは寄坐(よりまし)なんだな、と実感できる。
おそらく何百年とこの形態で演じられてきたであろう「翁」は、形を守り続けることで
日本人が失った大地への感謝と祈りの記憶を、かろうじて呼び起してくれる曲なのでしょう。
銕之丞が堂々としたバリトンで「どうどうたらりら~」と謡い出すあたりから、
ミニ謡本(神歌)は、全く役に立たなくなり、つまり舞台に完全に引き込まれました。
露払いの千歳(若者の舞)・北浪さんの、凛々しく颯爽とした舞に気を取られている間に
銕之丞が翁の面をかけてしまうので、観る方だって視線を動かすのに結構忙しい(笑)
銕之丞は恰幅、いえ貫禄のある堂々たる翁で、全体的に「濃口」な印象。
あの朗々と全身で歌い上げるような祈祷のせいかも。本当にあっという間でした。
翁は舞の印象よりも謡の印象の方が強かったな。美声に頼った謡はちょっと苦しそうな感じ?
小鼓三人は想像よりやわらかく軽い音で、間断ない打ち方がなんだか滝みたいな感じ。
欲を言えば、もっと気魄のこもった荒削りな音で、寒いところで聴きたかった・・・かな。
素襖姿の小鼓三人には裃姿の後見も三人ついていて、清次郎さんの後見は幸流の某若手。
お囃子の後見って他流も見るのねー(素襖の脱ぎ着介添なら関係ないかも)と感心。


采女(うねめ)/美奈保之伝」

諸国一見の旅の僧が春日神社に着いたところ、里の女が現れ、猿沢の池に案内する。
女は、その昔、天皇の寵愛を失った采女がこの池に身を投げたと語って姿を消す。
池の中から再び現れた女は僧の弔いに感謝し、帝の世の栄を願って舞う(以上、超要約)

銕仙会の「翁」を選んだのは、実は野村四郎さんの舞台を観たかったから。
実際、今日の舞台は「翁」より「采女」の方が見ごたえありました。
観世は小書(替えの演出)が多いので、今日もミニ謡本を持ち込んで行ったのだけど、
前場のシテの謡(春日神社の由来)をばっさりカットし、女と僧は猿沢の池に直行して
采女の入水、屍骸に対面した帝の挽歌、と核心を語る演出が「美奈保之伝」。
<水と女>のイメージがクローズアップされるこの舞台、要諦はやはり謡なのだけど
野村四郎さんの謡が「歌い上げる」系ではなく「語る」タイプだったのが、
男と女の生々しい話に落ちず、しんしんと水をたたえた池のイメージに合っていたと思う。
常好さんもやや引いた謡い方で「げにげに我も聞き及びしは」と、シテの語りを受けて
話が展開していく場面、聴いていて楽しかったです。

帝が采女の屍骸に対面した場面の掛け合いを聴いていて、「あれっ?」と思ったのだけど

采女が屍骸を叡覧あれば/さしもさばかり美しかりし/
翡翠の髪ざし嬋娟(せんげん)の鬢/桂の黛(まゆずみ)/丹花(たんか)の唇/
柔和の姿引きかへて/他の藻屑に乱れ浮くを 君も哀れに思し召して/
吾妹子が寝ぐたれ髪と猿沢の 寝ぐたれ髪と猿沢の 池の藻屑と見るぞ悲しきと」

オフィーリアがいる!!ミレーの画が目に浮かぶ私。
しかも「寝ぐたれ髪(=契りで寝乱れた髪)」が藻屑のように水に漂うという描写、
いやはやお能ってスゴイこと謡ってるなあ!とあきれるやら感心するやら(^_^;A
きっと帝は、彼女の屍骸から生前を思い出して悲しんだというより
水に浮かんだ彼女の屍骸、水草と溶け合うように漂う長い髪に惹かれたに違いない・・・。
ウンディーネ」「ペレアスとメリザンド」「ハムレット」などなど、
水と女、女の長い髪をキーワードとした文学作品はヨーロッパにはたっくさんあるのだけど、
まさかお能で、そのものズバリなテクストがあるとは思わなかった~。びっくり!
洋の東西を問わず、水に漂う女の長~い髪に殿方はクラクラっとなるんでしょうか?!

後シテの装束は、紺鼠の地に松葉のような直線的な流水と千鳥(?)を箔押しした長絹、
藍白の大口、銀かプラチナの摺箔。水のイメージを強調したものでした。
帝への執心は水と回向で浄化されて、しんしんと静かな水だけがそこにある。
仙幸さんの、金の絹糸を紡ぎだすような笛の音もすばらしかったです。

そういえば、井筒、清経と、仙幸さんの笛にも水のイメージがあるなあ、なんて。