「誓願寺」(宝生会 六月月並能)

能「橋弁慶」
シテ   :宝生 和英
子方   :植島 幹登
ツレ   :東川 光夫
間    :高部 恭史
笛    :小野寺 竜一
大鼓   :亀井 実
小鼓   :幸 正昭
地頭   :三川 敦雄
後見   :近藤 乾之助

狂言「棒縛」
シテ   :野村 万蔵
アド   :山下 浩一郎 野村 扇丞

能「誓願寺
シテ   :辰巳 満次郎
ワキ   :高井 松男
ワキツレ :梅村 昌功  典久 英志
間    :小笠原 匡
笛    :藤田 次郎
大鼓   :柿原 崇志
小鼓   :大倉 源次郎
太鼓   :観世 元伯
地頭   :高橋 章
後見   :三川 泉

能「大江山
シテ   :田崎 隆三
ワキ   :宝生 閑
ワキツレ :宝生 欣哉  大日向 寛  梅村 昌功  典久 英志  御厨 誠吾
間    :野村 扇丞  吉住 講
笛    :中谷 明
大鼓   :國川 純
小鼓   :幸 信吾
太鼓   :三島 元太郎
地頭   :今井 泰男
後見   :本間 英孝

(6月13日(日)宝生能楽堂)


さてさて、ひさしぶりの満次郎さまの舞台です。もちろんオシャレして出かけましたよん♪
ドクダミとか鬼あざみでも、いちおう花は花だもんね!(笑)

ちょうど先月の銕仙会のパンフレットに「誓願寺」の論考が2ページにわたって掲載されていたので、張りきって読み始めたものの・・・解説読んだだけで眠気が・・・しかも2時間もの大曲・・・怒られるかも~~(←被害妄想)。
・・・という心配も無用の、上品で端麗な和泉式部でした。

前場一遍上人(ワキ)たち一行が、「六十万人決定往生」というお札を日本全国に広めるべく、三熊野を下って京都の誓願寺に着いたところに、美しい女人(前シテ)が現れる。

橋掛かりに現れた満次郎さまは、色を抑えたなかにも落ち着いた華やかさのある唐織着流姿。
この装束の下にごっつい大男(←失礼!)がいるとは思えない、すっきり気高い大人の美女オーラが芬々。
すっ、すっ、と橋掛かりを静かに進み、舞台に入ったシテの第一声を耳にした瞬間、舞台と見所の空気がシテに向かっていくのが、膚を通してはっきりと伝わってきた。
技術の完成度の高さ、謡の美しさというのもあるかもしれないけれど、このおシテにはそれ以前のものがあるような気がする。極度の集中力の高さからくる、強い求心力とでもいうのだろうか。
上人と謎の美女との問答の内容はおいといて(笑)、ワキの高井松男も渋い持ち味を見せて、シテとのバランスがよく取れていたと思います。

和泉式部恋多き女性として有名な女性で、本来ならこういう女は邪淫の罪で地獄に落ちるのが仏教のセオリー。そんなヒトでも「南無阿弥陀仏」の名号の功徳で歌舞菩薩として往生できたのですよ~という、お能版「往生絵巻」みたいな曲なのですね。
私としては、「南無阿弥陀仏」の名号を唱えれば60万人目以降も数に制限なく往生できますよ~というところが、なんかケータイの得割サービスみたいというか、イマイチありがたみが・・・(^◇^;)

さて、歌舞菩薩となった後シテの装束、やわらかくけむるような紫の紗に、年月を経て沈んだ光をたたえた唐草文様がびっしり箔押ししてある舞衣、白地に金箔の摺箔、薄い朱の大口姿という、宝生流の女神とか天女の決まりの装束なのだけど、実にあて(貴)やかな美しさ。増の面も無駄を削ぎ落とした後に現れる、ろうたけた女性の貌です。宝生の増女は知的でクールな大人顔で、月のような気高い美しさを感じさせます。

この日の満次郎さまは、全体を通して謡も型もギリギリまで抑えたというか、余分を切りつめて切りつめて、ぎゅっと凝縮したような印象。切能物のイメージが強いせいか、男性的でパワフルなイメージが先行しがちな観があるけど、私の印象は別で、この方は非常にストイックな表現者ではないかなあと思う。
ヨワ吟の硬質で澄んだ響きは、洞窟の奥の泉みたい・・・って、気どってるわけじゃなく本当に共鳴しているような不思議な響きでした。
地謡はヨワ吟とはいえ正直もっと気迫があってもよかったんじゃないかと思ったけど、源次郎&崇志コンビは端正な音で、特に源次郎のやわらかい中にも凛とした弱音にうっとり♪でも、後場も佳境に入る頃には今日だけはごめんね源次郎というか、完全にシテに引き込まれていた私。
共演者も見所も、見えない糸でシテに引っ張られていたような、まさに舞台の焦点となって舞い続けるシテの型・謡の美しさ、そしてそれを支える強靭な筋力と気魄と集中力。天性の資質を長年かけて磨き上げた芸の厚みを堪能させられた一番でした。

私は三番全部観たのだけど、ちょっと気になったのは見所の入りが5割程度と寂しかったこと。この日は宗家の舞台もあったのでは。もっと窓口の充実等々・・・もはかったほうがいいんじゃないのかなあ~と思ったことでした。