第二十三回 「二人の会」

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舞囃子「猩々乱」
シテ :香川靖嗣
笛  :松田弘
大鼓 :柿原崇志
小鼓 :大倉源次郎
太鼓 :観世元伯

狂言「夷毘沙門」
シテ     :山本則重
アド(有徳人):山本則孝
アド(毘沙門):山本則秀

能「道成寺
シテ  :塩津哲生
ワキ  :宝生閑
ワキツレ:高井松男  大日向寛
アイ  :山本東次郎 山本則秀
笛   :松田弘
大鼓  :柿原崇志
小鼓  :飯田清一       
太鼓  :観世元伯
主後見 :友枝昭世
地頭  :粟谷能夫


ひさしぶりにお能を観てきました!
今年の「二人の会」は、香川靖嗣・塩津哲生の二人が番組・配役等ほぼ同じ条件を揃え、
5月と12月に二度の立会能を試みるとのこと。今日は「道成寺」塩津バージョンです。
見所はほぼ満席で、ロビーが狭苦しく感じられるほどの盛況。

舞囃子「猩々乱」
舞囃子というから10分くらいの曲かと思いきや、なんと30分近い曲。
いわゆる猩々乱は宝生流「乱」を一度観ただけなのですが、宝生以上に地味というか
極限まで余分を削ぎ落とした、一筆書きですーっと描いたような舞でした。
地謡座からすっと立ち上がったシテが、すすす、と舞台中央に進む姿は水の上を滑っていくよう。
足を高々と上げることもほとんどなく静かそのものの舞は、実は磨きぬかれた技に裏打ちされたものなんだろうな~。ピアノ線がぴーんと張ったような空気が気持ちいい。

・・・猩々乱が終わったとたん、糸が切れたように眠ってしまい、「夷毘沙門」は夢の中。


道成寺
パンフレットによると、塩津さんは過去4回道成寺をつとめられていて、64歳の今回が最後とのことです。

喜多流の「道成寺」は、ワキの名乗り・鐘の再建宣言の後、アイが鐘を吊る演出です。
橋掛かりから東次郎たちがエッチラオッチラ担いできた鐘は・・・え、こんな鐘もあるの??
道成寺の鐘といえば、濃紺の絹でできた模様なしの鐘包なのですが、今回の鐘包は明るい緑の絹地に、イボイボや模様が縫い付けてあるという写実的なもの。60円切手の鐘の絵柄を思い浮かべていただければ・・・と書こうとしたら、粟谷明生さんのブログに画像が掲載されていたので、ご興味のある方はご覧ください。
それにしても、観世・宝生のように演能前にあらかじめ鐘を吊るす演出と、喜多のように演技として鐘を吊るすのとでは、後者の方が難しいんじゃないかと思います。特に滑車に綱を通す作業で失敗したりモタモタしていたら、舞台・見所のテンションが下がってしまうリスクがあるのでは・・・。私は脇正面にいたので東次郎の手元がよく見えたのですが、慎重かつ手際よく、しかも期待を高める見(魅)せ方、さすが東次郎!

シテは、熊本の松井家(金春流)から拝借したという面「若曲見」に、江戸後期の「紅白段亀甲鱗入花熨斗模様唐織」をまとって登場。年月を経て唐織の紅は退色しているものの、上品な輝きが美しい装束でした(写真のパンフレット表紙参照)。
シテはきわめて静かな歩みで橋掛かりを進んでいきます。小柄で声量も決して大きな方ではなく囃子にかき消されてしまう箇所もあったものの、内に秘めた強い意志を感じさせます。そう、今日は彼女が何百年も待ちに待った満願の日なのです。
大鼓の激しい音とともに、すっと鐘に目を向けるシテ。あくまで静かに、すっとまなざしを向けたという態ですが、烈しい感情のきわまった果ての沈着さというのでしょうか。乱拍子も最初はむしろ静かに始まったようでした。

この乱拍子の30分間が本当に凄かった。紙一枚分だけ体を浮かせているのではないかと思うほど、繊細な爪先と踵の動き。小鼓は初めて拝見する方でしたが、楔を打ち込むような裂帛の掛け声と澄んだ音。穏やかな顔が次第に紅潮し、最後は目が吊り上って別人のような凄まじい表情で打っていました。
じりっじりっと三角形(鱗形?)を描くように鐘に近づいていくシテの謡は、次第に強くなり「道成の卿、うけたまはり」で昂る感情を抑えるように響きます。
急の舞で烏帽子をはらり、と落とす姿や鐘を仰ぎ見る眼差しに不安や揺らぎは微塵もなく、動きそのものはむしろゆったりしているように見える。内に秘めた烈しさ、揺るぎない意志の強さに見とれてしまう。それにしてもこの方の足の運びは、なんて軽やかできれいなんだろう。
鐘入りは鐘の真下に入って、そのまま(鐘の内側に手をかけているようには見えなかった)
「えいっ」と跳躍。思いのほか高い跳躍と同時に鐘が勢いよく落ちて、まるで鐘の中に吸い込まれるようでした!

東次郎と則秀が、お互いに責任をなすりつけ合ったりホンネが出ちゃう様子や、東次郎が閑さんに「だから女人禁制って言ったでしょ!」と叱られるものの、思ったよりお咎めがなくて「あ~よかった♪」と逃げる姿は、つい共感してしまう可笑しさ。やはり東次郎じゃなくっちゃ、この雰囲気は出せないのでは。

鐘が上がると、黒い鬘のままの大蛇が登場です(喜多流宝生流は赤頭ではないのですね)。
まるで胎児のようにうずくまっていた後シテがゆっくり上半身を起こす様子は、蛇が鎌首をもたげる姿そのもの。そう、本当に蛇に変身していたのです!ゆっくりした動きから突然しゅっ!と打ち杖を振るう姿が蛇っぽい(蛇が攻撃する姿って見たことないけど)。なかなか手ごわそうな感じで
ワキツレはいるんだけど ほとんど閑さんとの一騎打ち状態でした。最後はやっぱり法力には勝てず、すすすーっと日高川へ走っていき、幕の向こうの川へ勢いよくジャンプ!
「鐘入りだけが『道成寺』じゃない!」と実感させられた、まさに入魂の舞台でした!