国立能楽堂 企画公演「素の魅力」

舞囃子「養老」 梅若玄祥
笛  :松田弘
小鼓 :大倉源次郎
大鼓 :山本孝
太鼓 :助川治

小舞「海人」 野村万作
地頭 :野村萬斎

狂言語「枕物狂」 茂山千作

小舞「通円」 野村萬斎
地頭 :野村万作

素謡「檜垣」 近藤乾之助
ワキ :宝生閑
地頭 :今井泰男

※8月27日(木)国立能楽堂


昨日は早帰りして、国立能楽堂のハヤシライス(具が少ない!)で腹ごしらえ。
開演前にロビーでぽけ~っとしていたら、「こないだ金沢の『観能の夕べ』でさあ~」と話す声が聞こえてきて、思わず耳ダンボ!声の主は私と同世代の男の人で、どうやら旅行で金沢に行ってきたらしい。仲間がこんなところに!!
すんでのところで、「私もこないだ行ってきたんですよお~何ご覧になったんですか??」
と話しかけそうになったけど、逆ナンパと勘違いされても困るので黙ってました・・・。

この日のテーマ「素の魅力」は、素謡や舞囃子、仕舞を通して、総合芸術として上演されるときは全体の中に隠れてしまっている、能の「素の魅力」を味わえるという企画。
どちらかというと、ある程度お能を観てきた人向けの内容といった印象だったけれど、こないだの能楽座の各家対抗謡合戦を思わせる謡のオンパレードで、とっても楽しめました。

狂言の小舞&語は、いずれも能に題材をとったもの。

万作の「海人」は、ぱっと見はそのまんま能の仕舞といった感じだったけれど、全体的にすっきり軽めで写実的な型といった印象でした。万作の海人はずいぶん身軽で、がんばれば胸を掻き切らなくても逃げきれそうだったけど(笑)

千作の「枕物狂」は百歳のおじいさんが若い娘に恋をして、孫たちの手前否定するけれど、ついホンネが出ちゃうオハナシ。今年90歳の千作の「老いらくの恋」は下品に落ちず、せつなくどこか滑稽で。「恋よ恋、われ中空になすな恋」という能「恋重荷」の歌は、私もちょっと、胸がきゅん、としてしまいました。。。まさに「声の芸」。

萬斎の「通円」は、能「頼政」の、敵方の平家の軍勢300騎を宇治で迎え討つ場面のパロディ。
「通円」では、300人の客を相手に茶を点てすぎて死んでしまう(!)というナンセンスな話になっているのです(笑)
萬斎の謡い方も雰囲気も「頼政」なのに、茶せんでチョコマカお茶を点てたりする所作のギャップがもうたまんない~!「弱き馬をば下手に立てて、強きに水を防がせよ」を「弱き者には柄杓を持たせ、強きに水をになわせよ、流れん者には茶筅を持たせて互ひに力を合わすべしと」と謡っているのも、悲壮感が漂えば漂うほど滑稽なのに、なぜ誰も笑わないの???
萬斎単独の舞台を見たのは初めて。華もニュアンスも兼ね備えた方で、人気のほども納得です。TVで見るより痩せて青白いのがすこし気になりましたが、よっぽどハードスケジュールなんだろうなあ・・・。

「枕物狂」にしろ「通円」にしろ、見所がオリジナルを知ってるのが前提でつくられた曲で、昔のお客はオリジナルらしければらしいほど、大ウケしたんじゃないでしょうか。
狂言は何かに懸命になればなるほど滑稽になってしまう人間を描いているけれど、決して突き放してはいないし、滑稽さに愛しささえ感じてしまう。そういう意味で、この二曲はとてもいい舞台だったと思います。


そして本日の目玉「檜垣」。

「三老女」(姨捨、関寺小町、檜垣)の一つであるこの曲は、宝生流では能としての上演が長らく途絶えていた曲で、素謡としても25年前に「近藤乾之助試演会」で近藤乾三が演じて以来なのだそうです(←こういうプレミアに弱い私)。
そんな曲を上演するとどうなるかというと・・・おじいちゃんだらけ、になるのですね~(^◇^;)

今回はシテ・地謡に加えてワキに宝生閑さんが出演。前列に乾之助&閑のいぶし銀コンビが端然と並ぶ姿に、早くもドキドキしちゃう私。
渋いキャスティングを考慮してか(?)、この日の閑さんはやや抑え目に謡っている感じだけど、辺境の川のほとりの寂れた雰囲気に合っていたと思います。
そして「影白河の水汲めば」という乾之助さんの第一声は、一陣の秋風がすーっと頬を撫でるような繊細さ。同じく美女の成れの果ての老女でも、「卒塔婆小町」のように才気走って僧をやりこめることもなく、おのれの宿命をただそのまま受け入れているような、どちらかというとやさしい感じの老女です。
前シテは ろうそくの火が細くまっすぐに燃えているのを思わせる息の長い謡で、それは受け身であったがゆえに、業を負っていかなければいけない女の哀しさと孤独の姿のようでもある。
それが後シテになると、すっと上に抜けるような艶やかな謡に変わって、うっとり。

地謡は今井泰男を地頭に、佐野萌、高橋章、亀井保雄、富山孝道(順番はみなさまの頭の中で並べ替えてくださいませ~)の長老&ベテランによる布陣。
他のお流儀も聴いた後だけに、やはり宝生流の謡は独特というか、息が長くてもわ~んと内向するような感じがするなあ。
玄祥&若手・中堅の地謡勢による観世の「養老」が、狩野派の屏風図のように色鮮やかで躍動感にあふれたものだったのに対して、この宝生の「檜垣」は、湿度をたっぷり含んだ水墨画のイメージといったところでしょうか。

そういえば、今回の番組はいずれも「水」のイメージにつながる曲ばかりで、夏の終わりにふさわしいといえばいえるかも。そして、終演後には水がひたひたと静かに充ちてくるような満足感を覚えた舞台だったのでした。