銕仙会 十二月定期公演

能「花筐 筐之伝」
シテ    :浅見 真州
ツレ    :谷本 健吾
子方    :伊藤 嘉寿
ワキ    :宝生 欣哉
ワキツレ  :舘田 善博
〃 輿舁 :則久 英志  御厨 誠吾       
笛      :内潟 慶三
小鼓    :観世新九郎
大鼓    :國川  純
主後見  :観世銕之丞
地頭    :山本 順之

狂言「雁礫」
シテ   :山本 則俊
アド   :山本 則孝
〃    :山本 則重

能「項羽
シテ   :西村 高夫
ツレ   :長山 桂三
ワキ   :村瀬  純
アイ   :山本 則秀       
笛     :藤田 次郎
小鼓    :古賀 裕己
大鼓    :柿原 光博
太鼓   :助川  治
主後見   :北浪 昭雄
地頭   :浅井 文義


「花筐」
上村松園の「花がたみ」で有名な この曲を観るのは初めて。
冒頭、ワキツレ(使者)がシテ(照日の前)を訪れ、前日に大跡部皇子が皇位継承者に指名され、そのまま都へ発ったこと、彼女への手紙と形見の花筐をことづかったことを告げる。
橋掛かりで呆然と立ちすくむシテは、菊のような秋の花をびっしりとあしらった朱金色の唐織姿、面は洞水作の増女。越前の豪族の出にしては気品漂う美女である。銕仙会の女面は、同じ増でも玲瓏とした宝生の面に比べると女らしく繊細な雰囲気を感じるのだけど、今日の増女は涼やかな目じりがすこし吊り上っていて、内なる烈しさを秘めているようにも見えた。
このおシテは、揺らぎない安定感と流れるような型の美しさがすばらしい。華やかさが前面に出るタイプではないのだろうけど、凍りついたように皇子の手紙を読む面の傾け方やまったく動かない手に、照日前の受けた衝撃が静かに伝わってくる。「船弁慶」の義経とは違って、皇子は彼女に別れを告げることもなく去ってしまった。皇位継承者に指名された瞬間、男の心は離れてしまったのだ。

中入り後、シテと入れ違いに天皇となった男が延臣を引き連れて紅葉狩の御幸に現れる。
ここのワキツレの謡は明るく華やかなだけに、棄てられた照日前とのコントラストが残酷なまでに鮮やかだ。アイが入らない分、一行の登場が際立つ演出に思える。それだけに囃子の生彩がいまひとつだったのが残念。
そこに、濃い萌黄の縫箔を腰巻にした上に菱形を浮き織りにした純白の上衣(水衣ではない)を重ね、塗笠をかぶって笹を手にした後シテがツレ(侍女)を伴って登場。この後シテは明らかに狂っていて、塗笠の下の眼が吊り上ってあやうい色香を漂わせている。完全に自閉した世界に生きている、といった趣。ツレもかなり健闘していて、照日前に付き従っているうちに主の狂気が乗り移ったのだろうか。どちらかというとツレのほうがテンション高めだったかもしれない。
この主従が帝の延臣に花筐を叩き落とされて、公衆の面前で「あんたの方こそキ*ガイだ!」と騒ぎ立てた上、素性がわかるような舞を舞うのだから、帝としては体面上 照日前を再びお召しになるしかなかったのでは・・・と、やや意地の悪い見かたをしてしまう。
橋掛かり寄りの私の位置からは、水の上をすべるようなシテのハコビの微妙な変化に、照日前の心の昂りが表れているように見えたのが面白かった。シテが優雅なだけに、照日前の哀れさが際立つようだった。
やがて、帝に従って都へ上る照日前だけが、最後に一の松でひとさし舞ってから一行の後に続くのが、なんだかこの後の彼女の運命を暗示しているような終わり方で、照日元気でね・・・と見送ったのでした。

項羽
花筐とは対照的に、愛する女を失った男の悲哀がベースの修羅がかりの曲。
個人的には、前場で老人が草刈男から虞美人草を所望して、項羽と虞姫のエピソードを語るくだりが好き。おシテは小柄で華奢な方だったけれど、大人の男の抑えた哀しみが伝わってきてよかった。花筐では微妙だった地謡項羽ではちゃんとまとまっていたし。
後場で登場したツレは、孫次郎に紫の長絹、天冠(?)姿の天女スタイル。以前、梅若研能会と五雲会で観たときは、金抹茶色の前掛け(?)姿だった記憶があるけど、今回はかなり日本的な虞姫といったオモムキ。個性の強い孫次郎が、ややエキゾチックな雰囲気を出していたとは思う。同じ観世流でもお家によって違うのかな。
後シテは、前場の空気をひきずることなく、力強さ一方に偏ることもなくバランスがとれていたと思う。高楼から飛び降りた虞姫の死骸を引き上げようとして矛で探ったあと、一瞬呆然として、すぐ激しい立ち回りに移る流れにメリハリがあった。これはやはり大人の男の曲だな~。(満次郎さまのシテでも観てみたいなあ・・・)

パンフには来年の番組表も挟んであったのだけど、銕仙会って演劇としても楽しめる曲が多いような気がするなあ。と、早くも気になる番組をチェックする私でした