喜多流 四月自主公演

能「俊成忠度」
シテ :佐藤章雄
ツレ :金子敬一郎 井上真也
ワキ :高井松男
笛  :内潟慶三
小鼓 :亀井俊一
大鼓 :原岡一之  
地頭 :香川靖嗣
後見  :粟谷幸雄 佐々木宗生

狂言「秀句傘」
シテ : 三宅右近
アド : 三宅右矩
小アド: 高澤祐介

能「賀茂物狂」
シテ :友枝昭世
ワキ :宝生欣哉
ワキツレ :野口琢弘
笛  :一噌幸弘
小鼓 :住駒充彦(森澤勇司の代演)
大鼓 :國川純  
地頭 :粟谷能夫
後見 : 内田安信 金子匡一

仕舞「巻絹クセ」  
 粟谷充雄

能「野守」
シテ  : 佐々木多門
ワキ  :則久英志
アイ  :三宅近成  
笛    :寺井宏明
小鼓  :幸 信吾
大鼓  :柿原光博
太鼓  :大川典良  
地頭  :塩津哲生
後見  :高林白牛口二 笠井 陸

祝言
(※4月25日 十四世喜多六平太記念能楽堂


公演からもう10日もたってしまいました。。。

短大時代を東京で過ごした母は、目黒駅を出て通称「ドレメ通り」の喜多能楽堂へ向かう道中、
「目黒がずいぶんきれいになったのね~」「わあ~ドレメがこんなところに~」と浦島太郎状態。
喜多流の本拠地も、レトロで落ち着いた能楽堂がすっかり気に入ったようです(^_-)

この日は友枝昭世効果か、見所は通路いっぱいに補助席を並べ、演能時には立ち見も出るほどの大入満員状態。私たちは指定席でしたが、前売り開始時間からずっと携帯のリダイヤルを押し続け、52分後にようやく取れたほどの激戦状態でした。自由席の人たちは一体どのくらい並んだんだろう・・・。
そして「賀茂物狂」開演と同時に、見所の空気がぐっと凝縮し、静かに熱を帯びたのがはっきりわかるほどに。

「賀茂物狂」
あまり上演されない曲。10年前に東国に発ったまま音信不通の夫を待ち続けて物狂となった女が、葵祭でにぎわう下賀茂神社で夫と再会を果たすというお話。
ストーリー性が低い分、カケリ・イロエ・舞クセ・中之舞・・・と、シテの舞働が見どころで、友枝昭世の美しさをたっぷり堪能できました。
前シテは真っ白い水衣の下に香色(シャンパンゴールド)の摺箔を重ね、朱色の縫箔を腰巻にして登場。男との別離から10年以上も経っているのに、面はなぜか可憐な小面で、立葵のような色鮮やかな花を手にしているのも少女のような感じ。男と別れたときから彼女の時間は止まってしまっているのだろうか。
軽く、つやを帯びた まろやかな謡は、決して声を張っていないのによく響き、いわゆる「天性の~」という言葉はああいう声を指すのかもしれない。見所には例によって謡本持参の人たちもいたけれど、この時はさすがに謡本に目を落としている人はいませんでした。
この曲では中入りせず物着となり、やわらかな葡萄色の地に花車を箔押しした長絹に烏帽子をつけるのですが、後見が舞の直前までずっとシテに貼りついて必死で装束を整えていました。長絹は後姿が命?だからかね~。
この舞働が本当に美しくて、なんというか、静かに動く彫刻、といった趣。どの瞬間を切り取っても完璧だろうと思われる美しい型で、動きを止めれば文字通り微動だにせず、舞えばこのまま終わらないでほしいと思うほどでした。そして、これほどのクオリティの高さにもかかわらず、余力すら感じさせる。ワキの宝生欣哉も地謡もよく共鳴していて、「観た」というより、すばらしい演奏を「聴いた」後のような心地よい余韻の残る舞台。こうなるとストーリー性の低い曲であっただけに、シテに集中することができてよかったと思える舞台でした。


「野守」
りゅーとぴあ能楽基礎講座」レギュラーメンバー(塩津哲生門下)勢ぞろいの舞台。
もともと人数の少ない喜多流の職分会(定例能)では、若手は一人何役もこなしていて、地謡出づっぱりとか、ツレ→地謡地謡→後見とか、とにかくフットワークが軽い。それでも忙しい合間を縫って、休憩時間に売店でお買い物する天狗の姿を目撃しましたよ♪

シテは三十代の若手で初見でしたが、前シテの謡がどこかで聴いたような・・・と思ったら、塩津さんの謡に似ていてびっくり。職分会デビュー(しかも友枝昭世の直後)でかなり緊張していたのか、最初は喉が張りついたような声でしたが、だんだん塩津カラーのやわらかい謡に。ワキの則久は声域が高く通る声なのだけど、ここはシテとのバランスをとってほしかった(前シテは野守の老人なんだしさあ)。
中入後、鬼になって現れた後シテの面は鬼というより土着民のような土臭い、人間臭い顔で、「鬼」というのは土着の神、地霊のようなものなのかもしれない。面の割にサワヤカめながら、若々しい中にも軸のしっかりしたスケールの大きい舞が飽きさせないシテで、「車僧」の狩野了一といい、この佐々木多門といい(まだ他にもいる)、喜多の若手は高い技量の持ち主が目につきますね。びしっ!と面を切る様子もかっこいい。こないだ代々木で見たばかりの観世の仕舞に比べると、喜多の方が型がシンプルというか簡潔な印象です。
地謡前列の兄弟弟子たちが、「タモ~ン行け~!がんばれ~!!」と、地頭の塩津さんの手綱をぶっちぎりそうな必死の顔つきで謡っているのも、なんかカワイかったです♪(←もちろん、実際には暴走してません)塩津さんも、ときどき目を開けて舞台を観ていました。
そして「奈落の底に落ちにけり」も、がん!と力強くきれいに決まり、私たちは気持ちよく目黒を後にしたのでした。