お屋敷の中の能舞台-代々木果迢会 四月例会

小謡「熊野」 浅見真高

仕舞
「花筐 狂」  武田文志
「野守」    小早川泰輝

能「千手」
 シテ :小早川修 
 ツレ :浅見慈一 
 ワキ :森常好
 笛  :八反田智子 
 小鼓 :鵜澤洋太郎 
 大鼓 :亀井広忠
 後見 :清水寛二・武田友志
 地頭 :浅見真州

(※4月23日(金)代々木能舞台


オペラシティにほど近い住宅街に、戦前と戦後に建てられた能舞台が残っています。

観世流シテ方・浅見真高氏の自宅内にある「代々木能舞台」は、舞台は昭和24年、見所に使われている敷舞台は昭和9年に建てられたもので、都内に唯一現存する「屋敷内能舞台」の貴重な遺構です。昨年、東京都の文化財に指定されたのだそう。
お座敷の建具を取り払うと、くすんだ飴色の能舞台が現れます。脇正面にあたる空間が中庭になっており、やや短めの橋掛かりの真下には本物の松が植えられています。
一昨年の9月、ここで「三井寺」を観た際、後シテの登場とともに虫の音、葉ずれがさわさわさわ~~っと鳴って、ほんとに感激しました。

個人のお宅ゆえ写真は撮っていませんが、代々木能舞台の補修工事を施工した建築事務所のブログを見つけたので、能舞台の様子はこちらをごらんください。

この能舞台、演能時には建具を取り払うため半屋外での鑑賞となり、それが魅力なのですが
・・・私たちが訪れた4月23日は、終日冷たい雨が降りしきる、底冷えのする晩(T T)
ホカロンをベタベタ貼って出かけた会場でも、ひざ掛けとカイロが配られたほどで、
それでも150席近い見所がほとんど埋まっていました。お能好きの根性、恐るべし。。。

能舞台の主・真高さんは小謡「熊野」を。熊野は平重衡の兄・宗盛の寵愛を受けた遊女だから、やはり「千手」を意識した選曲なのかな。かなりのご高齢ですが、謡にも立ち上がるときも
びしっ!とした気骨を見せられたのはさすがでした。
続く若手二人の仕舞は・・・小早川泰輝くん(まだハタチ!)が、足拍子を踏むたびに欄間の蛍光灯がバチバチッ!と点滅したのにビビる やまねこ(^◇^;)。8頭身まで伸びた体格も謡も成長過程の只中という印象ですが、リズム感がいいのはさすがイマドキの子だな~。齢と舞台を重ねていけば、いずれお父様と同じ深い声になるのでしょう。

そして、「千手」。

仄暗いお幕の向こうからシテが現れたとき、冷たい雨にけむる橋掛かりに、清楚で寂しげな花が一輪浮かびあがったようでした。
金や水色など色とりどりの花を織り出した朱色の唐織はかなり古いものらしく、かつては真紅だったであろう花がつややかな葡萄色に退色しているのがいい風合を出しています(摺箔は新調したものらしい)。面は若女か、今にも何かを訴えかけてきそうな美女の貌。観世では「千手」に若女を使うことが多いそうだけど、「大原御幸」にも若女を使っていたから、シテの好みなのかな。
このときのシテは相当緊張していたらしく、「琴の音添へて訪るる」で始まる謡は硬さがみられたけれど、ワキとの掛け合いのあたりから次第に千手前になっていったみたい。「千手」ってシテ&ツレの掛け合いがメインだけど、ワキも結構重要な役じゃないのかな?狩野の介常好はいわばキューピッド役(←あ、想像しちゃった)で、彼が入ることで千手前と重衡の距離がぐぐっと近づいた、ような。
このシテは鬘物にしては男性的な謡をされる方だけど、立ち姿や舞になんともいえない清潔感と情感があって、この日の若女(たぶん)もまるで生きている女のように、次第に重衡に惹かれていく感情の流れをまざまざと見せてくれました。「その時千手立ち寄りて、妻戸をきりりと押し開く、御簾の追風匂ひ来る、花の都人に恥かしながら見みえん」のくだりで貴人を前に恥らう様子など、みずみずしく美しい。
私は前正面にほとんどかぶりつき状態で座っていたのだけど、見所と舞台の距離がすごく近いから、クセ以降の千手の舞も、上体は優雅にふわりと舞っている間にも、足元は檜の床に静かにネジでも差し込むかのようにぎりり、と強靭な力で舞台にくい込んでいるのがわかる。「春日龍神」の仕舞での激しい跳躍にもかかわらず上体が微動だにしなかった足腰の強靭さこそが、鬘物の要諦になるんでしょうね~。やっぱりお能って男性の芸なんだなあ。
視線を上げると、情熱と諦念を内にたたえたような千手が重衡を見つめていて、対する重衡も小柄ながらなかなか雰囲気があって。その間にも冷たい雨が通奏低音のように屋根や中庭の芝生を叩いているのが聞こえてくる。(←気どりすぎかなあ)
琴を枕の短夜も明けて、朝敵として都に護送されていく重衡を見送る千手。すれ違い際に二人の袖が一瞬ふれ合う型に、この曲のはかなさ美しさが集約されているような。それ以上に重衡を見送って、けむる雨の中、薄暗い橋掛かりの向こうへ悄然と去っていく千手の後姿がせつない・・・。

それにしても昔の人は贅沢な環境でお能を観ていたのですね~(寒かったけど)。
見所も本当にお能好きな人たちの集まりといった雰囲気で、私も開演前に先代銕之丞(静夫)の頃に銕仙会でお稽古されていたという方とお話したりして楽しかったです。
次回はもうちょっと暖かい季節(笑)に行こうかな~。