東京観世会 九月

能「松風 見留」
シテ     観世清和
ツレ     小早川修
ワキ     森常好
アイ     山本泰太郎
笛      一噌仙幸
大鼓    亀井広忠
小鼓    鵜澤洋太郎
地頭       木月孚行
 
狂言「萩大名」
シテ     山本東次郎
アド      山本則重
        山本則俊
 
仕舞
「白楽天」  北浪昭雄
「生田敦盛」 木月孚行
「柏崎」    松本尚之
「錦木」    岡久廣
 
能「野守」
シテ    木原康之
ワキ    福王知登
アイ     山本則秀
笛      寺井宏明
大鼓    大倉栄太郎
小鼓    幸信吾
太鼓    小寺真佐人
地頭    浅見重好
 
(※9月25日(土)観世能楽堂
 
連続観能2日目は、松涛の観世能楽堂
この日は、家元の「松風」とあって、松涛の見所は超満員。私たちは自由席で入ったのですが、開場30分ほど前から並んで前正面寄りの脇正面席を首尾よく確保しました。能楽堂の職員の方によると、「松風」は家元にとって「三度の米より好きな曲」なのだそう。しかも今回の村雨は、
やまねこの好きな小早川さん。どんな姉妹になるのか楽しみです。
 
橋掛かりに現れた松風、村雨の姉妹はともに白い水衣姿ですが、よくみると松風は金の、村雨は銀の市松模様(?)が箔押しされていて、華やかながらすっきり洗練された雰囲気の装束です。
この松風・村雨の一セイの謡が、なんとも優美でやわらかい。すこし癖のある声質のシテに対して、ツレは硬質な透明感のある声質の持ち主なのですが、この二人が同時に謡うとまるっきり一人の声にしか聴こえない。汐汲車をツレがそっとシテに渡す場面も二人でひとつの動きが流れているようで、ツレはシテの方向性みたいなものを高度に把握しながらも、シテにかすんでしまうことなく村雨の存在感を出していたと思う。
シテも「三度の米より好きな曲」というだけあって、熱い気魄がびしびし感じられる、すばらしい松風。すごいなあ~と思ったのは、最初は「なんでこんな地味~な面選ぶんだろう?」と思った増(?)が、松風の恋慕が高まってくるにつれて、次第に頬が紅潮し目も光を帯びているように見えてきたこと。行平の残した烏帽子・装束を顔の高さまで取り上げて じっと見つめる型は、一瞬だけど、男の顔にふれて見つめ合っているかのような濃密な空気が感じられました(松を抱きしめる型より濃かったかも)。
いよいよ想いが昂じてきて身に着けた形見の衣は、濃い紫の地に色とりどりの短冊を散らした、凝った狩衣。かつて松風・村雨が男と交わしたことばの数々を象徴しているかのような意匠の装束です。
狩衣を身に着けたことで、恋人と一体化して舞い続ける松風と、かたわらで静かに見守る村雨。華やかで可愛らしい小面を少し傾け気味にして、お姉さんを見守る村雨の視線になんともいえない哀しみとやさしさがあって 、この村雨が見守っているからこそ松風は狂えるのかもしれない。
 
やがて恋慕が頂点に達した松風が松に駆け寄ろうする場面、ここでシテの謡はさえざえと響き渡り、やや疳の強さを感じさせて鬼気迫る凄みすらあった。それまで静かに見守っていた村雨が耐えきれなくなったかのように立ち上がって「浅ましやその御心故にこそ」と引き止める謡のやさしく切実な響きが美しく、耳を離れそうにもない。このくだりほど演者によって印象が違ってみえる場面はないんじゃないかと思えるけど、たいてい村雨が冷静すぎて、この二人、実は仲よくないのでは?と感じられたのが、この日は村雨が唯一見せた感情の昂ぶりが、二人の悲しみを際立たせたように思えた。村雨は若手がつとめるパターンを見ることが多いけど、やはり中堅の実力派がつとめた方が松風・村雨の関係性に深みが出ると思う。
この後の松風は 松をそっと抱きしめたり、橋掛かりから松をあきらめきれないようにじっと見つめる「見留」と、たおやかな美しさの中にもただならぬ気魄が感じられて、ああ この人は本当に松風が好きで好きでたまらないんだろうなあ~と思った。
仙幸さんの笛も、前夜の「弱法師」とは違って、琳派の描く金泥のように寂しげな気品高い線描を響かせ、松風ワールドにぐっと引き込んでくれました。
 
この後には、大好きな東次郎の舞台もあったけど、あの東次郎すらかすむほど「松風」の印象が強く、「野守」はパス・・・。
能楽堂の近くのカフェに移動してコーフンさめやらぬまま、弱法師と松風の話で盛り上がったのでした。