マーラー没後100年のはずが・・・「アルマ・マーラーの肖像」(国立近代美術館)

今年は岡本太郎生誕100年ですが、クラシック音楽でも100年の節目を迎えた作曲家がいます。
 
 
近美にマーラーの妻アルマ・マーラー肖像画が所蔵されているのは知っていたけれど、出かける直前にHPでマーラーの没後100年を銘打ってこの絵が常設コーナーで展示されているのに気がつき、せっかくだからと観に行ってきました。
作曲家より20歳も若いアルマは自らも歌曲を作曲しただけではなく、その美貌と才気でウィーンの芸術家たちのミューズにしてファム・ファタルであった女性でした。彼女の虜になったのは、クリムト(画家)、ツェムリンスキー(作曲家)、グロピウス(建築家)、ウェルフル(詩人)・・・ほか多数!
そして、この画を描いた当時25歳の画家オスカー・ココシュカも、この肖像画の依頼がきっかけで以後数十年間にわたる狂おしい恋にとりつかれたのでした。
 
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1911年5月8日。グスタフ・マーラーが亡くなり、アルマは未亡人になります。年の離れた夫との生活から解放され自由を得た彼女は、駆け出しの画家ココシュカに自らの肖像画を依頼します。32歳の若く美しい未亡人をひと目見るなり恋に落ちた画家は、翌日彼女に結婚を申し込みますが、その返事は「傑作を描いたら結婚してあげる」というものでした。
 
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「アルマ・マーラーの肖像」(1912年)
 
「傑作」を描かなくては彼女は手に入らない・・・。
クリムトに認められ、画壇でもその名を知られ始めたココシュカは、尊敬する巨匠のマドンナに愛する女性をなぞらえた肖像画の制作に取り組みます。そう、この画の構図は「モナリザ」そのままです。
実物をみるのは初めてでしたが、非常に厚く塗り重ねられたキャンバスの表面は石に描いた画のように荒々しく、人物のアウトラインも粗いタッチで刻みつけるように描かれています。その一方で画面全体はパープル、エメラルドグリーン、薔薇色がかったクリーム色がやわらかく溶け合ったトーンでとても美しい色合いです。
この荒いタッチと色彩感覚から、若い画家が内に激しさを秘めた性格であることと、この絵を描いた当時の彼が恋のもたらす高揚感で充たされていたことが、やまねこにも感じ取れるほどです。高く引き上げられた眉と秋波を送っているかのような目、どこか冷笑的な口元にモデルの驕慢な性格がうかがわれ、この恋の行く末を暗示しているかのようですが、若い画家の情熱は彼自身にも止めることができなくなっていたのでしょうか。
 
 
(ここから先は、肖像画を描いた後の二人のオハナシです。あまりにも壮絶な話で、書いてる方も止まらない!)
 
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「風の花嫁」(1914年)
 
もともと才能ある男性にほだされやすいアルマは、若く、一途な情熱をぶつけてくるココシュカとは非常に濃厚な恋愛関係を持ったといわれており、その頂点で有名な「風の花嫁」が描かれます。しかし、ココシュカにとって彼女は運命の女であったのに対し、アルマにとっては彼は数多い恋人の一人でしかありませんでした。ここまで書いていて思うんだけど、アルマってミューズというより、才能ある男が自分のために苦しみながら創作していく過程に快感を覚える、きわめて自己愛の強いSな女性だったんでしょうね~。
描き始めた頃は明るい色調の「風の花嫁」は、彼女への愛が不信と不安に変質していくにつれて、暗く冷たい色に、厚く塗り重ねられていきます。アルマの肖像画もそうですが、ココシュカにとって色彩とは彼の内面そのものだったのでしょうね。そして絵を描きあげた後、アルマはココシュカのもとを去り、のちにモダニズム建築の巨匠といわれるグロピウスと再婚してしまいます。
 
絶望にかられたココシュカはストーカーまがいにアルマをつけ回したあげく第一次世界大戦に志願し、頭部を負傷して戻ってきます。身体に受けた傷以上に心に深い傷を負ったココシュカ。すでに病んでいたのでしょう、アルマに似せた等身大の人形を作らせて、「自分だけのアルマ」と昼夜をともに過ごし、レストランや劇場では二人分の料金を払っていたといいます!(ンギャ~~~~~!!!)
常軌を逸した生活は7年間近くに及び、ある晩、酒に酔ったココシュカが「アルマ」の首を切り落とすことによって終止符を打ちます。こうすることでしか、自分を縛りつけていた執心から解放されなかったのでしょうか。
 
三十数年後、戦後NYに移住し70歳の誕生日を迎えたアルマのもとに一通の電報が届きます。そこには
「愛しいアルマ。僕たちは『風の花嫁』の中で永遠に結ばれているのです」
としたためられていたそうです・・・。
 
このエピソードを知ったときは、「なんだか『恋重荷』みたいな関係だな~」と思っていたのですが、恋に狂ったココシュカの執心以上にすごいのはアルマのしたたかさ。
だって、彼女は(グロピウスと再婚・離婚して、三度目の夫ウェルフルとは添い遂げたのに)「アルマ・マーラー」
なんですよ。ケネディ家のお墓に入ったジャクリーン・ケネディなんてもんじゃありません。
だいいち、この記事のどこが「グスタフ・マーラー没後100年」やねん(笑)
現実に生きてる人間の方がこわいかも。