ラプンツェルが住んでいた塔

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その塔は、毎日朝と夕方の2回、幼稚園バスが信濃川のほとりの町にさしかかるとき、家々の屋根の向こうに突然赤い帽子を被ったその姿を見せ、バスが角を曲がると姿を消した。
塔はずいぶん古びていて、黒ずんだ外壁には蔦がみっしり絡まっていた。
日本の田舎街で明らかに異質なその塔は、幼稚園児の眼には、悪い魔女に塔のてっぺんにとじこめられたお姫様が長い髪をたらして王子様の助けを待っている塔そのものに見えた。
 
グリム童話の数あるおとぎ話の中で、なぜかラプンツェルのお話が好きだった。
高い塔のてっぺんで孤独に暮らすことを想像するだけで、もうわくわくしてくるのだった。
その塔が、自分の住む街にあるとは、なんて素敵なんでしょう。
幼稚園バスの窓から赤い帽子の塔が見えてくるたびに、女の子は、小さなベッドと机が置かれただけの石造りの丸い小部屋の様子や、細長い窓から見える岸の緑とその向こうにゆったり流れる川、さらに幼稚園のお友だちや先生を乗せたバスに向かって手を振る場面まで想像した。
 
その古い塔の住人が、お姫様どころか大量の水であることを、元幼稚園児が知ったのはいつのことだったか覚えていないけれど、それからさらに数年後にその子も街を出て、塔のことはそれきり忘れてしまった。
帰省した折に、塔がもうずいぶん前に給水タンクとしての役割を終えていたという。
 
 
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夏の日、十数年ぶりに塔に向かってみた。