「ベイジン」(真山仁/幻冬舎文庫)

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 「今起きているのは、私たちの国が抱える慢心の象徴です」
 
 
 2008年に出版されたこの小説を今読むと、衝撃的な内容に圧倒される以上に
複雑な気持ちになります。
(※以下、若干のネタバレあり)
 
 舞台は2008年の中国。北京オリンピックの開幕に合わせて世界最大の原子力発電所を稼働させようという国家プロジェクトに、日本人技術者が技術顧問として派遣され、中国の技術者を指導していくというストーリー。
 
 日本人技術者が中国の国家プロジェクトの技術指導に・・・というと、上海の宝山製鉄所を舞台にした山崎豊子の「大地の子」が思い浮かぶけど、「ベイジン」でも主人公の日本人技術顧問・田嶋は、日本と中国の安全管理観や技術力の違い、ことあるごとに噴き上げる反日感情に始まって、熾烈な権力闘争が繰り広げられる中国の原発建造現場に翻弄される。
あまりに過酷な現場に、精神を病んで廃人同様になった技術者の姿もリアルに描かれていて、さもありなんと思わされる。
 
  
  巨大でありながらミクロ単位での精密な安全管理が絶対条件であるはずの原発の建造現場において、日常的に防災用品や軽油が盗まれたり、重要な伝熱管の素材が利権絡みで実績のないメーカー製のものに替えられていた、なんて中国ならではのエピソードは正直いって驚かなかった。が、こうしたトラブルが起きるたびに「世界最高レベルの技術と安全管理体制を備えた日本」の技術者が、安全管理にいかに神経を使っているかという描写をを今読むと、なんともいえない気持ちになる。 
 
 
 そしてオリンピック開幕と同時の運開にこぎつけた直後、SBO(ステーション・ブラックアウト=全電源喪失状態)が起きる。SBOの直接の原因こそ違えど、その後の経過は、水素爆発が起こり建屋の屋根が吹き飛び、迫りくるメルトダウンの危機、消防車からホースを使っての消火活動後に海水の注入・・・と、福島で起きたことそのままで、読んでいて背筋が凍りつく。
 (もっとも、事故が起きてすぐに海水の注入を開始するという設定は、いわば生まれたばかりの原発を殺すようなもの(?)。福島でも当初真水での注水にこだわったばかりに被害が拡大したことを思い出すと、政治的建前最優先の中国の国家プロジェクトの原発で、それはあり得ないんじゃないか?という気もするけど。)
 
 くどいようだけど、これ2008年刊行の小説です。執筆にあたって取材を受けた専門家たちは原発で事故が起きたらこうなるって、全部知っていたということね。
もちろん、作中では田嶋に「そんなことは、万が一にも起きません。しかし、人間のやることに絶対はないですからね」と繰り返し語らせているのだけど・・・。
 小説は、暗闇の中を中央制御室へ向かう田嶋と、熱湯の飛び散る現場へ乗り込もうとする共産党幹部の後ろ姿で終わるけれど、その続きは今まさに日本の福島で現実に起きている。それも最悪の形で。
 
 「ベイジン」は、経済発展のもと先進国へのし上がろうとする中国の慢心とコインの表裏のように、日本の安全神話への過信と「技術立国」としての奢りを鋭く抉り出した小説といえるでしょう。