「一汁一菜でよいという提案」/土井善晴

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 去年の暮頃に話題になっていた本。
 某書評サイトで麻木久仁子が「胸がじんとして、涙が出てしまった」と書いていて気になっていた。実は私の本と食の好みは麻木久仁子とかなりかぶっていて、もしかしたらオトモダチになれるんじゃないかという気がしたくらいである。
夫にその話をしたらソッコーで
「山○さんに気をつけて!」
というコメントが返ってきた。

 著者は「きょうの料理」講師をつとめる料理研究家
お父様の土井勝氏も「きょうの料理」講師で、私の母世代にとっては〆の「お子たちも喜ぶでしょう」という決めゼリフ(笑)でおなじみだったそう。

 本書の主旨をざっくりまとめると、現代はどうしても外を優先しがちな生活ではあるが、家庭料理は生きる上で・人間の成長にも大切である。だからこそ「家庭料理=手の込んだもの」という思い込みをいったんリセットして、一汁一菜という和の家庭料理の基本形に「初期化」しましょうというもの。
 具体的には、「ごはんと具だくさんの味噌汁、香の物」を基本形として、余裕があるときなどにおかずを足すのだそう。
読みながらこれじゃ足りないんじゃないか?と思ったけど、そこは土井氏、はっきり断言する。

一汁一菜は、現代に生きる私たちにも応用できる、最適な食事です。おかずをわざわざ考えなくても、ご飯と味噌汁を作り、味噌汁を具だくさんにすればそれは充分おかずを兼ねるものとなります。魚、豆腐、野菜、海草などを時々に応じて汁に入れ、発酵食品の味噌で味つけます。肉を少量入れてもいいでしょう。血肉骨を作るタンパク質や脂質、身体の機能を整えるビタミン、ミネラル(カルシウムなど)を含む食材を具とします。

 本書に出てくる味噌汁の具が実に幅広い。豚肉、ニラ、トマトを入れた汁、ピーマン&卵の汁、ベーコン、ブロッコリー、玉ねぎとか。「前日の鶏のから揚げをそのまま入れてもいい」とも書いてある。冷蔵庫の中のそろそろヤバそうな食材をごった煮にしてもよさそう。
 よく考えてみれば、食材の種類も少ない、冷蔵庫も普及していない時代の家庭の味噌汁ってそんなものだったのかも。「始末な」という言葉を多用していた向田邦子さんなら「そんなの当たり前じゃない」と言うかもしれない。味噌汁は経済的にも、栄養的にも理にかなった理想的な家庭料理なのである。
 (とはいえ、正直いって年代によってはタンパク質が足りないのではとも感じる。私は味噌汁のだしをとったり具を煮ている間に、肉や魚の簡単なおかずを作るか、ごはんを丼物にしている。)

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(我が家の味噌汁…キャベツ、大根、人参、葱を入れて)

 私自身の話になるが、共働きで双方が残業や休日出勤が日常的に発生する働き方をしているとどうしても家の中のことは後回しになってしまう。我が家は夫が食事の後片付けと休日の買い出しをしてくれているから、まだ台所に立つことができているが、料理のダンドリを考えることすらできないほど疲れる日もある。
 独身時代、先に結婚した友人が
「ごはんを作れない日が続いて、このままじゃ夫に悪いから仕事辞めた」
「先に帰宅した夫がコンビニ弁当食べてるのを見た途端、申し訳なさに号泣した」
なんて話すのを聞いてもまったく理解不能だった。正直、仕事辞めたいだけの話じゃないかと感じたし、正社員共働きなのに、なぜ「妻だけ」が経済力+専業主婦レベルの家事労働まで負わなきゃいけないのか?と思ったものである。
 ところが、いざ家庭を持つと夫がそんな無茶振りを要求しない相手にもかかわらず、私自身が「手のかかった・品数の多い料理=愛情の量」という呪縛で毎晩ヘトヘトになった。共働きが専業主婦の世帯数を上回っても、夫が柔軟なタイプでも、女性側が「料理が作れない=主婦失格」というプレッシャーで自分を追い込んでいたのではないかということに気がついたのだ。

 著者は、こうした「愛情を料理という形にしなくては」というプレッシャーやプロ並みの料理を追求する志向で日常から離れた家庭料理を、「一汁一菜」という和の家庭料理の基本形に戻すことで、自分たちにできることをしましょうと提案する。

 食育では、一緒に食べることの大切さ、家族揃って食卓を囲むことの大切さが説かれます。けれど、商売をやっている家庭や、親が働いている家庭では、一緒に食卓を囲めないのは当然で、親が用意した汁を自分たちで温めて、子どもだけで食べる。そんな家庭はたくさんあると思います。それでも、大切なものはもうすでにもらっています。それが手作りの料理です。だから、別に一緒に食べることばかりが大切じゃないのです。

 家庭料理が、いつもいつもご馳走である必要も、いつもいつもおいしい必要もなのです。家の中でありとあらゆる経験をしているのです。ぜんぶ社会で役に立つことばかりです。上手でも下手でも、とにかくできることを一生懸命することがいちばんです。

 ちょうど読了した土曜日の晩は、夫が同窓会で不在だったので、「ベーコン炒めてごはんと一緒に煮て、味噌を溶く」おじやに卵をプラスして作った「ベーコン卵おじや」が絶品だった。ベーコンで塩気・旨味が出ているからだしはいらない。こんな簡単なものでも体がほっとするのが「家庭料理」なのだろう。
 本書ではお米の洗い方・炊き方にもふれていて、ご飯をおいしく炊くコツ「洗い米をビニール袋に入れて冷蔵庫で一晩保存したものを炊く」方法は試してみようと思う。
 忙しさを増す中で、少しやる気が取り戻せた気がする。きょうの料理にプレッシャーを感じる方にオススメです。