アルチンボルド展(国立西洋美術館)
「自画像【紙の男】」(1587)
この夏は全くといっていいほど美術展に足を運んでいなかったのですが、ようやくアルチンボルド展に行ってきました。
閉幕間近なので、平日の午後にも関わらずそれなりの混雑。
ジュゼッペ・アルチンボルド(1526-1593)は、マニエリスムを代表するミラノ出身の画家で、ハプスブルグ家の宮廷画家として3代にわたる皇帝に仕えました。(フェルディナンド1世、マクシミリアン2世、ルドルフ2世)
アルチンボルドの名前は知らなくても、下記の寄せ絵のような肖像画なら「ああ、あれか~」となる画家ですね。私は展示会情報をチェックした段階では「へ~」とスルーしていて、ちょっと時間が空いたから程度の動機で出かけたのだけど、なかなか面白かったです。
展示室入口で解説VTRがかかっていますが、解説観てから入った方がいいです(←きっぱり)。
連作「四季」(1563年)
新年のお祝いにと皇帝に捧げられた連作「四季」。
上段【春】【夏】、下段【秋】【冬】で、それぞれの季節の植物で上半身が構成され、また若い女性【春】から老人の【冬】まで人生の《時》をも表した肖像。
アルチンボルドの作品の中でも割と目にする機会の多い作品だけど、印刷物と実物を観るのでは入ってくる情報がこれほど違うのかな~と思いました。
たとえば【夏】を構成する植物のうち、トウモロコシはメキシコから、ナスはアラビア、アフリカ、インドが原産の植物。一見奇抜な肖像画の背景には、ヨーロッパの外に領土を拡大しつつある王家の勢力と権威が描かれているのです。
連作「四元素」(1966年)
「四季」の好評に応える形で描かれた「四元素」シリーズ。
左から【大気】【火】【大地】【水】が、それぞれを構成する動植物や大砲などの人造物によって擬人化されています。
こういう作品制作にはどれくらい時間をかけたのだろうと思ったのは、単にウケ狙いではなくて、皇帝の権威を表すメダルや金毛羊を取り入れているから。精密な技量だけでなく博物誌学、歴史等の相当高度な知性と教養が要求されるし、観る側も一般常識的に知っていたであろう知識。
「冬」と「水」
さらに、すごいのは「四季」と「四元素」はそれぞれ対応可能なように構成されているということ。この組み合わせ、なんとなく東洋医学と通じるものがあるのが面白い。
【春】ー暖かい空気を運ぶ【大気】
【夏】ー乾燥した【火】
【秋】ーしっとりした【大地】
【冬】-冷たく湿った【水】
二つの連作シリーズで一番緻密で印象が強かったのが【水】で、観ているだけで肌の表面ががじっとり冷えてくるような感覚を覚えるほど。画力のある絵と好きな絵は必ずしも一致しない一例ですね。ミュージアムショップで【水】のポストカード買ってたお姉さん、それマジで使うんですか?!
ナポリのフェランテ・インペラートの「驚異の部屋」(17C)
アルチンボルドが博物誌学的な作品を制作した背景には、当時各国の王室が新大陸やアフリカ、アジアで蒐集した動植物や魚介類の剥製、鉱物などを陳列した「驚異の部屋」(ウンダーカンマー)を持っていて、アルチンボルドが仕えた3代の皇帝も珍奇なものの蒐集に力を入れていたこと。
「驚異の部屋」は18世紀に分離額の発達や市民社会の台頭によって廃れていくけれど、そのいくつかは現代の博物館の前身に。大英博物館が有名な例ですね。大英博物館には一昨年の夏に新婚旅行で行ったけど、アッシリアとかギリシア・ローマの展示なんてもろ略奪でしょというか「神殿とか壁画丸ごと剥ぎ取り」状態でした。
「怪物誌」(1642年・ウリッセ・アンドロヴァンディ)
こうした蒐集は自然科学の研究や知識欲のためだけではなく、当然王室の勢力・肥大した支配力を表すものでもあり、それは現代では人権蹂躙につながる一面をも持っていました。
上の「怪物誌」は多毛症のゴンザレス家を取り上げたもの。
現代の小人症や遺伝性の多毛症も「自然の奇跡」として蒐集の対象になりました。カナリヤ諸島のゴンザレス少年はスペインの宮廷からフランスの宮廷に送られて教育を受け、王妃に仕えていた美しいフランス人女性と結婚し、生まれた子供の多くも多毛症でした。子どもたちは宮廷のなぐさみ者になった由。
「驚異の部屋」から生まれた【陽】の産物がアルチンボルドである一方で、こうした負の側面を展示している美術館側の姿勢は評価したいと思います。
「司書」(制作年不詳)
宮廷の同僚たちもまたアルチンボルドの《画材》になりました。「司書」や「ソムリエ」はそれぞれの職業を表すもので構成された肖像画だけど、やや風刺が感じられる作風で、どうも相手を馬鹿にしていたんじゃないかとのこと。
この「司書」のモデルの学者の著作は、同時代の記録によると「質より量だった」って。。「法律家」にいたっては露骨に馬鹿にしてる感満載だし。この絵をお披露目した時にきっとみんなヒーヒー笑ったんだろうなあ、と想像しました。
ハプスブルク家ということもあって連想したのは、映画「アマデウス」。モーツァルトが皇帝の面前でサリエリの四角四面なマーチを《もう飛ぶまいぞこの蝶々》に即興アレンジして、馬鹿笑いする有名な場面。宮廷の同僚肖像画の向こうにサリエリたちが見える。アルチンボルドもきっと敵が多かったんでしょうね。
「3つのグロテスクな頭部(売春の場面)」(1550頃)
アルチンボルドの肖像画はグロテスクで毒のあるものが多いのだけど、こうした顔貌描写はルネサンス期の人相学の影響もあったといわれます。ダ・ヴィンチのグロテスクな素描なんてあまり観る機会がないけれど、あの緻密描写がネガティブに発揮されたときの迫力は凄まじいものがありますね。現代の作家ならPC(ポリティカルコレクト・政治的正しさ)に引っかかりそうな素描もあります。
この企画展で評価できるのは、アルチンボルドを単に「奇想天外の画家」としてではなく、こうした歴史的文脈で作品を紹介していた点で、予想外に満足度が高かったです。昨年の世界遺産決定の前後から西洋美術館は充実の企画展を連発していて、2016年だけでもカラヴァッジオとクラーナハのような大物が来たし、ミュージアムショップの企画グッズのセンスはよくなったし、今後も楽しみな美術館です。
「コック/肉」(制作年不詳)
最後にこの作品を。
銀の盆にてんこ盛りの肉。
ひっくり返すと男の顔に…。
あざけるような笑いを浮かべたグロテスクな顔は、ダ・ヴィンチの頭部素描にそっくり。
アルチンボルド、食えない奴に違いありません。