水のやうに澄んだそらを眺め

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 四季を通じて一番好きな季節といえば、秋。
 特に今日のような爽やかな休日は、一日家にいてタオルケットを洗ってベランダに干したり本を読んでいるだけで幸せ。
 室生犀星の『永遠にやってこない女性』は、男版『松風』みたいな詩で、こんな静かに充実した秋の休日にしっくりくる。
 陽が昇って沈んで月を迎える…という無限に続くサイクルは、漱石の『夢十夜』を思わせるが、『夢十夜』の死んだ恋人が百年とはいえ一応期限を切っているのに対して、詩人がおそらく一方的に待ちうけている女性は実在していないようでもあり、永遠に待ち続ける時間自体で彼の幸福が完結しているのがいい。
 『班女』が『松風』に比べて残念というかちょっと面白さに欠けるのは、男が班女を迎えに来ることで普通にハッピーエンドなお話に落ちてしまうからだろう。


永遠にやって来ない女性(室生 犀星)


秋らしい風の吹く日
柿の木のかげのする庭にむかひ
水のやうに澄んだそらを眺め
わたしは机にむかふ
そして時時たのしく庭を眺め
しほれたあさがほを眺め
立派な芙蓉の花を讃めたたへ
しづかに君を待つ気がする
うつくしい微笑をたたへた
鳩のような君を待つのだ
柿の木のかげは移つて
しつとりした日ぐれになる
自分は灯をつけて また机に向ふ
夜はいく晩となく
まことにかうかうたる月夜である
おれはこの庭を玉のやうに掃ききよめ
玉のやうな花を愛し
ちひさな笛のやうなむしをたたへ
歩いては考へ
考へてはそらを眺め
そしてまた一つの塵をも残さず
おお 掃ききよめ
きよい孤独の中に住んで
永遠にやつて来ない君を待つ
うれしさうに
姿は寂しく
身と心とにしみこんで
けふも君をまちまうけてゐるのだ
ああ それをくりかへす終生に
いつかはしらず祝福あれ
いつかはしらずまことの恵あれ
まことの人のおとづれあれ