朝珈琲と遅読

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 お誕生日プレゼントのコーヒーミル、最近では夫が豆挽き係・私がドリップ係を務めています(笑)。我々は深煎りが好みらしくて、宮越屋珈琲のグァテマラをカリタの三つ穴ドリッパーで淹れるのがもっぱらのお気に入り。

 今年は漱石に始まり、割と難易度高めの本を読みまくりました。早起きして始業時間の1時間前には職場の最寄駅に着き、数軒あるコーヒーショップをその日の気分で使い分けています。心身ともにしんどい木曜日の朝は、某チェーン店のバニラ入りホットミルクでプチ贅沢したりとか。 ほんの30分程度ですが、一日でいちばん頭の澄んだ時間帯に集中して本を読むことで、余裕を持って仕事できるようになった気がします。
 先日読み終えた本はハーバード大教授アトゥール・ガワンデの研修医時代のエッセイ『予期せぬ瞬間』(みすず書房・2017)。混乱と不安と驚きに満ちた医療の現場で、医師はどのように医療の不完全さを知り、どう乗り越えてゆくのかというテーマなのですが、医療職ではなくても、人間の「不確かさ」に直面しながら決断を下しミッションを遂行していく姿に考えさせられるものがありました。本書のエッセンスは第一部「不安定」に集約されている気がします。
 こういう本を読むときは、咀嚼するように考えながら読むために、ときどき本から顔を上げてフリーズするので、読み終わるまで時間がかかったりします。明解なフレーズで「わかった気」にさせてくれる自己啓発本のような書籍は、自力で考えていなくても満足感を与えてくれるので、自己肯定感が下がっている時にはいいかもしれないけれど、多角的なものの見方や思考力は身に着かない。四十路を過ぎて、ただドカ食いするだけのような濫読が結局身に着いていない(せいぜい雑学程度で思考の足しになっていない)のは、愕然としますね。
 遅読になってもいいから、自力で思考しないと理解できない本、新たな課題を与えてくれる本を読んでいきたいと思っています。