「百物語」(杉浦日向子)/「だいふくもち」(田島征三)

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怪談は大好きなので、怪異譚のたぐいは夜中に布団ひっかぶって読んでますが、
最近のお気に入りは杉浦日向子の「百物語」(新潮文庫)。
以前記事に取り上げた、近藤ようこと同じ「ガロ」出身の漫画家です。

「百物語」とは、江戸時代からあったという怪談の会で、蝋燭を百本立て、怖い話を一つしては蝋燭を消していくというもの。百本の蝋燭が全部消えた時には必ず妖怪が現れるそうですが・・・。

この杉浦日向子の「百物語」は九十九話で終わってしまうのです。
日常の隙間からふっと立ちあらわれる不思議を、一話につき7ページの小さな世界にきゅっと
凝縮した、懐かしく繊細な作品集です。
長持の中に隠れてそのまま姿を消してしまった少女が、一年後に長持の中から現れる話。
美人画の女に心を奪われ、二人でともに老いようと「彼女」に老いを描き加える男の話。
こういう話は、女の執念が蛇になったというような類の「説明」をされるとしらけてしまうのだけど、「百物語」ではそうした因果話には持っていかず、あくまで怪異だけを取り上げて話を「未結」にしてしまうので、余韻が残ってまた読み返したくなります。

特に怖かったのは「其五十六 嫌うもの」。
黒豆が嫌いで生涯口にしなかったご隠居が、臨終のときに鯉のように口を動かして、唇から黒豆をぽろぽろと吐く・・・という話。
「豆はあとから湧き続け、最後の一粒を吐き終えて息を引き取る頃には、座敷中の畳が真っ黒に埋まり、ご隠居の体は半分程になっていたという」
ね、ざわざわっとしてきませんか?

この黒豆を吐き続けて体が萎びてしまう・・・という話で思い出したのが
田島征三の「だいふくもち」(福音館書店)
作者は越後妻有トリエンナーレインスタレーションの制作にも取り組んでいる絵本作家で、
本作は1976年に出版されたものです。

怠け者の「ごさく」は、ある晩床下から聞こえてくる声に起こされる。声の主は300年間も生きてきた「だいふくもち」で、腹が減ったから小豆を食わせろとせがみます。ごさくが小豆を与えてやると、だいふくもちは「こんまいもち(=小さい餅)」を生み出します。これはうまい金儲けになると思った ごさくは、店を開き大金持ちになりますが・・・。

この本、親に読み聞かせてもらったのですが、これぞホラー絵本。
泥絵の具で描かれた絵が妙に迫力があって、結末の絵なんて未だによく憶えています。
「百物語」からの連想で思い出してネットで検索してみたら、「だいふくもちがこんまいもちを次々と生み出す場面で子どもたちに大ウケしました♪」なんて書いてあるのですが、私にはこの「増殖シーン」が、生理的に気持ち悪かった・・・。
体の中から細かいモノが次々と湧いてくるってイメージが、も~ダメ(> <)みたいです。
今日、図書館で借りてきて二十数年ぶりで再読したのですが、いわゆる教訓話めいた「童話」なのですが、だいふくもちは実は ごさくの分身ではないか・・・という読み方もできそうです。

しかーし!幼児のやわらかい脳みそには なかなかキョーレツな絵本でした。
うちの親は興福寺の仏像の写真集を子供に見せて 反応を面白がっているような人たちだから、「この絵本、面白いね♪」って買ってきたんだろうな・・・。