『オーケストラ解体新書』(読売日本交響楽団編/中央公論新社/2017年)

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屋上庭園で一気読み

本書は読売日本交響楽団(以下、読響)を俎上に、楽団員と事務局、関係各社がどのように演奏会を作り上げていくのかを追ったルポルタージュ

 

オケの内側を紹介するというジャンルは、NHK交響楽団正指揮者・岩城宏之(故人)の『オーケストラの職人たち』(文春文庫・2002年)やN響楽団員のエッセイなどの類書があるので、オーケストラに関心がある人ならすでに知っている内容もあるけれど、それはどちらかというと「演奏家側」からの視点によるものだ。本書の特徴は、なんといっても事務局からみた運営業務の紹介に多くのページを割いているところだろう。

 

その一例として取り上げられているのが2016年10月に行われた読響の第563定期公演(指揮:シルヴァン・カンブルラン/ヴァイオリン:五嶋みどり)。

 

前年2月の常任指揮者カンブルランと事務局による打合せからコンサートの企画が始まる。まず、コンサートのコンセプトおよびメインとなる曲(デュティユー 交響曲第2番)を決定し、プログラムに組み合せる曲の選定とソリストの出演交渉、ソリスト五嶋みどり)からの提案によるプログラム案の一部変更・決定、10月にプログラム発表&前売開始…といった具合に進行していく様子が描かれている。

私は読響のコンサートに行ったことはないので、N響に置き換えて読んでいたが、プログラム選定の匙加減(常任指揮者のレパートリーである現代音楽をメインにした場合、チケットの売行きを勘案して集客力のあるソリストを招く等)が垣間見られるのが面白い。私も含め、マニアというほどではない聴衆からすれば、聴いたことのないゲンダイオンガクだらけのプログラムでは二の足を踏むことも見通して企画しているのである。

そういえば、ずいぶん前にフィンランドの若手指揮者ムストネンを迎えたN響定期公演で、前半にムストネン自作の小品と弾き振りによるベートーヴェンの協奏曲、後半はシベリウス交響曲に安定の『フィンランディア』というプログラムを聴いたことがあるけど、もしかするとあれも自作を発表したいムストネンとのトレードによる抱き合わせプログラムだったのかもしれない。

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とはいえ、今でこそよく演奏されるマーラーストラヴィンスキーだって、発表当時の評判は散々だったのだ。たとえ抱き合わせ商法であろうと、同時代の音楽を聴く(聴かされる)ことで引き出しが増え(かもしれない)、次の100年にその音楽が引き継がれていく意義がある(可能性もある)。

 

一見華やかにみえるオーケストラだが、経営事情は思った以上に厳しく、収入に占めるチケット売上は3割程度だという。人件費(客演指揮者、ソリストによっては破格のギャラが発生する)だけでなく、コンサートを企画すれば宣伝、チケット販売、会場経費もかさみ、完売御礼になったとしてもチケット収入では到底賄えない。そもそも大所帯のオケは楽器や練習施設設備の維持管理だけで莫大な経費が発生する。そのため、企業の協賛や国・自治体の助成金が大きな収入源だという。

 

ここまで読んで気になるのは、コロナ禍でイベント制限が続けば日本でも経営破綻に陥るオケが出るのではないかということである。読響やN響のように経営母体がしっかりしており知名度が高いオケでも今後は企業協賛金のカットが行われる可能性はあるし、まして地方のオケはそのリスクは高いだろう。

 

その解となりうる策のひとつは、本書でも取り上げられているファンドレイジング(寄付)と企画・広報部門の人材育成だろう。アメリカのオケには事務局にファンドレイジング専門の部署があり、寄付額に応じて同一傘下の企業・施設においてもリターン(サービス)が得られるといった工夫をしているという。寄付獲得競争の激しいアメリカならではの戦略といえるけど、読響やN響なら似たようなことはできるかもしれない。あとは会員制デジタル配信で会員数を増やすといったところだろうか。

 

それ以外の、特に地方の中小オケについては、地域と連携した教育活動の強化とターゲットの属性に適したイベント(例「若者向けコンサート」など)の企画に力を入れた方がいいんじゃないかと思う(もうやっているとは思うけど)。

たとえば、学校との連携によくある「一方通行的に演奏会開いて終わり」じゃなくて、双方向のコミュニケーションが取れる体験授業の企画。具体的には、若手の楽団員や事務局職員が講師をつとめ、生徒が楽器(もちろん練習用)にふれたり、練習風景やコンサートホール(裏側含む)の見学を組み込むといった工夫をした上で、コンサート本番に招待するのだ。生徒からすれば「オケの顔が見える」ことで親近感を持てるだけでなく、ひとつのコンサートができるまでに多様な職業の人たちが関わっていることを知ることで、広い意味でのキャリア教育につながる効果が期待できるだろう。

また、スマホに慣れて長時間ひとつのことに集中できない若者向けに、一時間程度の短いコンサート企画も必要になるだろう。もちろん指揮者か楽団員のMC入りで。

特に楽団員には広報誌上だけではなく、リアルでも広報役を務めてもらうことがポイントだ(人選が必要だけど)。公式アカウントの投稿内容も工夫する。とにかく、「若い子たちにあこがれさせる」「二度目の来場につなげる」ことなら何でもやる!

二度目、三度目の来場につなげることができれば、日本の聴衆が陥りがちな「海外の伝統あるオケに比べると日本のオケは大したことないだろう」という偏見を取り払うこともできるだろう。(国際コンクールの優勝者、上位入賞者にとって、オケの楽団員ポジションは国内で安定収入が見込める稀少な就職口である)

 

…以上の取り組みは、即効性がないという難点はあるけれど、チケット購入の裾野を広げないことにはどうしようもないし、地道にファンを作ることが結局オケの活路につながるのではないだろうか。

 

NHKホールの3階席では「今日は〇〇さんがフルートの2番に出てるね」「△△さん、最近ちょっと太ったんじゃね?ww」なんて会話をよく耳にする。あこがれの楽団員の定年退職の日にはお花を持って駆けつける。そんなファンこそが、コンサート再開を待って会場に足を運ぶのだから。楽団員の皆さんは、今日から腕だけじゃなくお肌も磨いて筋トレしましょう(笑)。