「夢の通い路」(倉橋由美子/講談社文庫)

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旅先の、あるいは眠れぬ夜のお伴に おすすめの作家は誰かと訊かれたら
迷わず倉橋由美子と答えます。

そのまま夜を徹して脳細胞を活性化させたいのなら
デビュー作「パルタイ」から「聖少女」までの初期作品。

そして、典雅で残酷な幻想ワールドをただよいたいのなら
中後期の<桂子さんシリーズ>または、「残酷童話」シリーズ。

本書は<桂子さんシリーズ>の一つで、現実の世界と冥界を自由に行来できる主人公・桂子さんが、西行、定家、式子内親王則天武后エリザベート・バートリ、西脇順三郎といった歴史上の人物や六条御息所、トリスタンとイズー、菊慈童などの虚構の世界の住人たちと繰り広げる、「典雅な交歓と豊潤な性の陶酔」を描いた短編集。

たとえば「媚薬」は、トリスタンとイズーの媚薬を手に入れた桂子さんに、式子内親王が「定家さん」を好きになろうとして媚薬を所望し、薬を飲んだ内親王の墓が墓石に絡みついた定家蔓とともに燃え上がる・・・といった塩梅(^_^;)優雅でちょっと官能的なテイストになっています(そもそも謡曲「定家」自体が、相当エロティックな話だと思いますが)。
一篇あたり十数ページくらいの短編なので、枕元に置いて夜眠りにつく前に一二篇読む・・・といった楽しみ方もできるかと思います。

上に挙げた名前にもあるように、お能をモチーフにした作品が多く、現世にいる桂子さんのところに「あちらの世界」の人たちが訪れてまた去っていく・・・というパターンを踏んだ構成になっているのも、なんとなくお能っぽい。桂子さんは主人公ということになっているけれど、いわばワキとしての役割に固定されている観があります(最後には、桂子さんも「あちらの世界」に行ってしまうのですが)。
倉橋由美子自身、「反悲劇」を執筆した頃にお能をせっせと鑑賞していたそうで、お能の様式が中期以降の作品にかなり影響しているのがうかがえます。
さらには、次から次へと異界の住人が現れてなにやら高踏的な会話と饗宴を繰り広げる・・・といったパターンには、明らかに吉田健一の「金沢」、蒲松齢の「聊斎志異」のニオイも。

倉橋由美子の魅力は、このように先行の文学作品を血肉とした上で、辛辣な洞察力と典雅な文体(オリジナルは旧仮名遣いで書かれています)によって、独特の世界を創り上げているところで
こうしたタイプの「<小説=フィクション=極上のエンターテイメント>を読む楽しさ」を味わわせてくれる作家は、おそらく二度と出てこないと思います。

ちなみに、タイトルの「夢の通い路」は、式子内親王の御歌

はかなしや枕さだめぬうたたねに ほのかにかよふ夢の通ひ路

からきているみたい(作中に内親王の御歌が引用されているので)。
私の長ったらしいレビューより、この歌の方が作品の雰囲気を端的に伝えていると思います。